内田百閒 "百鬼園随筆" [文庫]
2013年7月5日の日記
再び内田百閒を読み始めてゐる。もう彼此20年ぶりのやうだ。学生の頃,随分と読んだ気がするが,大学を卒業すると読まなくなつてしまつた。世間からも忘れ去られ,この20年ほどの間にすっかり忘れられた作家となつてゐたやうな気がする。
私が学生時代(1980年代),旺文社文庫にかなりの数が文庫に収められてゐて, 全39冊になったさうだ。とても編集がよく,すべて単行本が出版されたとおりの順になつていて,内容も単行本どおりか,それを順に何冊か組み合わせた内容になつてゐたらしい。百閒と云えば,随筆が有名で,今もちくま文庫などで読めるが,最近の出版のものはアンソロジイになってゐるものが多く,似たやうなタイトルの本でもその単行本が出版された内容がすべて収められているわけではないし,各社の文庫本をバラバラに揃へることになるので,不都合だ。その点,旺文社文庫版は此で揃へればすべて読めると云ふ訳だし,何より同文庫の特徴として,解説が詳細を究めてゐて,解説だけを読むだけでも勉強になるものが多い。内田百閒はもちろん内外の古典名作を多数収録していて人気があったが,会社の経営不振もあり,1987年に惜しまれつつ休刊になつてしまつた。
以後,内田百閒は福武文庫に移り, 全29冊が刊行された。このとき,旺文社文庫で買へなかったものを買つておけばよかつたが,残念ながら福武文庫の内田百閒はほとんど買つてゐない。
理由は,旺文社文庫が作者が拘つたとおり,旧仮名遣ひであるのに対し,福武文庫は新仮名遣ひである所為だ。漢字についてはどちらも新字体なので, 特に違いはない。内田百閒は漢字にも拘つたはずだが,旺文社文庫は新字体になつてゐて,読みやすい。さすがに舊字軆では読めない。
"目白が茶の間の箪笥の蔭から,エキエキエキと鳴き出した。誰も辺りに人がいなくなると,寂しがるらしいのである。人がその部屋に這入って行けばすぐに止めるから,その鳴声は,人を呼んでいるのだろうと云う見当がつく" (福武文庫)
"目白が茶の間の箪笥の蔭から,エキエキエキと鳴き出した。誰も辺りに人がゐなくなると,寂しがるらしいのである。人がその部屋に這入つて行けばすぐに止めるから,その鳴声は,人を呼んでゐるのだらうと云ふ見当がつく" (旺文社文庫)
--------続・百鬼園随筆 "目白"
どうも内田百閒で新仮名遣ひは矢張りしつくりこない。福武文庫をあまり買はなかつた理由はこの辺りにある。 と云つて福武文庫も2000年くらいには廃刊になつてしまつた。買つておけばよかつたと思つても後の祭り。
もともと,内田百閒は旺文社文庫から出てゐる以外はなかつた時代が長く,1980年代にはすでに忘れ去られた作家と云つてよかつたと思ふ。"阿房列車" が鉄道マニアに受ける以外はあまり読まれることもなかつただらう。なにせ大正~戦前の話が多いし,さすがに21世紀の今日,内田百閒を読まふ,なんて人は奇特な人だ。
ところが,"まあだかい" や "サラサーテの盤" などの作品が映画化されるたびに新潮やちくまから文庫本が出た。最近になつて "百鬼園随筆" が新潮文庫から出たのには驚いた。もとは新潮文庫から出てゐたのに,もう何十年も品切れになつていたので,今ごろなんだ,と云ふ気がしたものである。只,アマゾンでも "百鬼園随筆" は購入可能だが,"続・百鬼園随筆" の方は品切れになっている。新潮文庫の内田百閒ももうぢき読めなくなると思ふ。ちくまはそれなりに揃つてゐるが,何せ値段が高い。此なら昔の旺文社文庫を買つた方がよいと思ふ。
福武文庫以降の岩波,新潮,中公,ちくまの各文庫は一斉に新仮名遣ひになつてしまつた。 また,旺文社文庫と福武文庫は全集と云つて良いラインナツプだが,これ以外はアンソロジイか,単発のものが多く,やはりこの2文庫で読むのがよい。
ただ,残念ながら,新字体だし,時代が新しいので比較的,福武文庫の方が安いが, どちらも古書価は高い。まあ,良いものは良いと云ふ事なので,これらが高くても仕方ないという気はする。それだけの価値のある文庫であらう。
古書価は旺文社文庫だと1冊1,000円以上するところが多く,500円なら "買ひ" である。尤も,地方の古書店などでは1冊300円とか,100円の均一棚にあることもあるので珍蔵したい。 ネットの時代になり,古書店を探すと全39冊一挙3万円也とかで売つてゐる店もある。高いやうにも思ふが,1冊あたり800円くらいなので,矢張り高いが,全国の古本屋を探す苦労を考へるとも安いとも考へられる。只,1回の苦労で済んでしまふけれど,何か有り難みがない。
と云ふ次第だが,改めて内田百閒を読んでゐる。実に面白い。かれこれ70年以上前の随筆が多いのだが,乞食や物売りの話など,いまでも民俗学の教科書としても読める内容でもあり,当時の風俗を調べるのにも好都合である。
薄緑色の背表紙も懐かしい。久しぶりに旺文社文庫を眺めて懐かしさに浸つてゐる今日この頃である。
カバア装丁は同じ田村義也だが,若干タイトル文字が違ふ。
けふはこれでおしまひ。
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