SSブログ

Graham Allison "Destined for War: can America and China escape Thucydides’ Trap?" [海外]

2021年8月10日の日記

destined for war.jpg

グレアム・アリソンの ”米中戦争前夜” の原書です。邦訳はとても話題になりましたね。原書も邦訳も2017年の出版なので,少し時間が経っています。それにしても,同じ年に邦訳まで出るなんて,この手の本は訳が早いですね~~。

世界史で習った,古代ギリシャのトゥキディデスの罠について,ペロポネソス戦争に始まってスペイン,ポルトガルの対立やスペイン継承戦争やナポレオン戦争を経て,第1次,第2次の世界大戦に至るまで,覇権国と挑戦国の間の対立の経緯や,結末を検証しているのは有名です。

正直,iruchanは共通一次(古~~~っ!)で理科系なのに世界史を選択したくらいで,世界史が好きなのですが,古代ギリシャやローマは苦手で,少々,前半部分は退屈です。しかしながら,アテネとスパルタの対立は今の米中対立とまったく構図は同じで,ペロポネソス半島やエーゲ海に覇を唱えたアテネと,それに挑戦する新興のスパルタの関係は,世界を実質支配している米国と,急速に経済発展し,利益を蓄えて軍事力を強化している中国の関係はまったく同じだ,というのには驚かされます。人類は2000年経っても進歩していないのだな,とある意味,呆れると同時に感心する,と言うのが読後の感想です。

過去の対立の16件を最後の章でひとつずつ検証しています。

残念ながら,平和裏に解決したものは4ケースしかなく,それも覇権国の圧倒的な力により押さえつけたと言う場合がほとんどなのは残念。15世紀のスペインとポルトガルの対立がローマ法王の仲介で平和裏に解決した,と言うのは唯一のケースなのかもしれません。

とはいえ,この解決は我々日本にとっても関係がある,彼らが平和裏? に世界を分割する(トルデシリャス条約1494年)ことを勝手に決めただけの話であって,覇権者と挑戦国がお互いに都合よく世界を分割して利益を分配し,支配権を認めただけ,と言うのは今のヤルタ体制と同じ,という気がします。

蛇足ですけど,種子島に来て鉄砲を伝えたのがなんでイギリス人やオランダ人じゃなくて,ポルトガル人,というのは世界史を勉強してないとわかりませんね。

後半部分はずっと米中対立の経緯と処方箋を書いているのですが.....。

正直言って,どう解決するのか,というのはよくわかりません。なんか,ゴチャゴチャといろんなことを書いているのですが,結論部分がず~~っと長くて,なにを言いたいのか,よくわかりませんでした。もう一度,読み直してもわからない,ような気がします。

と言うより,むしろ,解決策がない,というのがアリソンの本音なのかもしれないと考えるとゾッとします。

実際,読んでみても,いち早く産業革命を成し遂げ,強大な海軍をもって海上輸送を支配し,植民地に配置した海軍基地で周辺の制海権を握って世界を支配した大英帝国と,19世紀後半の統一以後,急速に社会や産業の改革を進め,世界に対する経済的影響圏の拡大を背景に大英帝国に挑戦したドイツの対立は2回の大戦争につながるわけですが,この構図は今の米中対立と同じであり,今後も状況が変わらないように思えるのは残念です。

アリソンが明確にしていないのが,覇権というのは主としてこのような技術の覇権によるものであり,特に製造業の技術革新が国力に結びついているという指摘がないのは残念です。この辺,アリソンは政治学者で,理科系じゃないからではないか,と思います。

特に,19世紀後半,英国の製造設備が老朽化し,労働者の権利意識の向上からストライキが頻発し,コストが上昇したのが大英帝国の衰退に結びついているわけですが,このあたり指摘していません。一方で,後進国であったドイツが急速に進歩したのも,急速に機械産業が勃興し,最新の製造設備をそなえた上,人口増大に伴って安価な労働力を活用して大量生産に成功したからではないでしょうか。明治の日本も同様です。また,戦後,しばらく経ってから米国の覇権が揺らいだのも,日独がまた再起動し,製造設備を一新して強力な製造業を復活させたからで,米国の覇権が揺らぎはじめたのも1970年代以降であって,今に始まったことではない,と思います。

その点,中国は旧ソ連の蹉跌を非常によく勉強した,と思います。

ソ連はやはり,イデオロギー対立に終始し,自国および同盟国の政治的安定を優先し,ブロック経済化を進めて,西側との交流を絶って事実上,鎖国したことにより,技術的にも経済的にも時流に乗り遅れ,体制が自壊した,と思います。

その点,中国は経済的には自由化,国際化を推し進め,強引とも思える手法で製造業の確立と販路の拡大を図って,利益を拡大し,さらに,世界のサプライチェーン上に中国が必要不可欠となる体制を作り上げて利益の還流を進めるとともにユーザが中国にはものを言えなくなるように仕向けています。

技術の覇権,それをバックアップする製造業が極めて重要であることをよく学んだのだ,と思います。また,製造業が儲けたカネを軍事費に投入して世界を力によって支配しようとしていることは誰の目にも明らかです。

アリソンはこう書いてはいないのですが,やはり,国力というのは製造業の力にあると思います。明治の富国強兵という政策は今世紀では当てはまりませんが,国力=製造業と考えていたのはあながち誤りではない,と思います。現代では,製造業で儲けたカネを軍事費に投じたり,領土的野心を抱いてはいけない,というのは歴史の教訓であるとともに,世界の常識と思うのですが,中国やロシアの戦略はまるで19世紀ですね.....。

製造業がやはり極めて重要であると同時に問題でもあり,日本やドイツのように経済的利益を追求するにとどめ,軍事的投資をしない体制が必要ですが,中国はそうではありません。

そもそも,この本にあるとおり,サッチャーがドイツの再統一に反対した,と言うくだりはまさにその通り,と思いました。サッチャーが反対したのは,再びドイツが欧州を支配するようになる,と言う危惧でした。現実のEUはまさにドイツ第4帝国だと,iruchanは以前から思っていましたし,アリソンははっきりと,現在のドイツはヒトラーよりも広範囲に欧州を支配していると書いています。

         ☆          ☆          ☆

結構面白い本でした。と書くまでもなく,多くの人が読んだ本だと思います。

最後にあといくつか,感想を書いておきたいと思います。

台湾や尖閣への攻撃についても書いているのですが,いずれも台湾や日本の防衛力は弱く,人民解放軍の前に屈服する,と書いています。

まあ,彼我の軍事力を見れば,それこそ火を見るより明らかな結論だとは思いますが....。

ただ,アリソンも書いているように,台湾侵攻と尖閣攻撃はセットである,と考えた方がよさそうです。台湾への軍事侵攻時に嘉手納などの米軍基地が邪魔になるのは誰でも考えることですし,米軍が台湾侵攻を阻止しようとすれば沖縄の米軍基地が最前線になり,中国が沖縄の市街地を火の海にする可能性は極めて高いという指摘は恐ろしいですが,あり得ることでしょう。

台湾侵攻時に沖縄も攻撃する覚悟があるならば,ついでに尖閣を占領することは訳ないことでしょうし,日本が屈服すれば米軍のみ戦う,ということはないでしょうから,そうなると沖縄まで中国領,ということになることを危惧しています。中国は第2列島線(伊豆諸島~小笠原~グアム~パプアニューギニア)までを勢力範囲とする意図は隠していませんしね.....。

アリソンの予言を裏付けるかのように,米海軍高官が2027年までに台湾侵攻があり得る,と証言したのは,日本にとっても実に恐ろしいことだと思います。

最後に,日本については,今の製造業を大切にしようとしない政治には失望を禁じ得ません。日本の長年のデフレも,製造業を大事にしていないのが原因かと思います。それに,日本の製造業自身も,過去の栄光と目先の利益確保に目を奪われ,IT化やデジタル化に進んで取り組み,将来のメシの種を作ろうとしていないのはまさに自滅行為だと思います。

もうひとつ,原書で読んでいて,結構,"?" がつくような英文が目立つように思います。同じ文章で,途中で結論が変わってしまっていたりして,意味がわからない文章が多い感じです。これなら邦訳を読む方がマシ,と言う感じです。

この本をアリソンがどう書いたのか,わかりませんが,新聞か雑誌に連載するような記事をまとめたのか,という気がします。どうにも校正というか,文章の読み直しをしていない,雑な文が目立つような印象を受けました。



nice!(0)  コメント(0)