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Adam Higginbotham著 "Midnight in Chernobyl: The Untold Story of the World's Greatest Nuclear Disaster" [海外]

2024年4月25日の日記

Midnight in Chernobyl.jpg

Adam Higginbotham著 "Midnight in Chernobyl" を読みました。

2011年の福島第一原発の事故以後,改めてチェルノブイリ原発の事故はなんだったのか,調べてみたい,と思いました。

1986年4月26日土曜日の未明,旧ソヴィエト連邦のウクライナにある,チェルノブイリ原発の4号炉が爆発し,大気中に大量の核物質を拡散させました。

当時は鉄のカーテンの向こう側は情報が統制されていて,ソヴィエト当局は事故を隠蔽し,翌日,西側での第一報をもたらしたのは隣国スウェーデンのフォルスマルク原発の技術者で,原発内の放射能レベル計の数値が急増したのに気づいたためでした。

iruchanは当時,大学生でしたけど,確か,そのニュースはニュースセンター9時(古っ!)で見たのが最初か,と思います。まだ,確か,放射線レベルの異常が観測されたが場所は不明,ソ連領内のどこか,というような内容だったと思います。

その後,連日,新聞の片隅に東京や大阪などの放射線レベルが載っていたのを記憶しています。確か,当時の単位はシーベルトではなく,ベクレルだったように思います。

まさか,その四半世紀後,全く同じような放射線レベルの表示が毎日,新聞に載り,その発生源が日本とは思ってもみませんでした.....。正直,既視感を覚えました。

と言う次第で,改めてチェルノブイリ原発の事故はどのような原因で発生し,どのように処理されたのか,知りたいと思ってこの本を手に取りました。

          ☆          ☆          ☆

1986年4月25日の金曜日,ウクライナのチェルノブイリにある,チェルノブイリ原発4号炉は翌日からの定期点検に備え,この日,シャットダウンすることになっていました。

その前に,技術者たちはひとつの実験を計画していました。

すべての外部電源が喪失したこと(!)を前提として,その場合の原子炉の冷却のため,原子炉の余熱で発生した蒸気で主発電機のタービンを回転させ,発生した電力で冷却水ポンプを稼働させることが可能か,と言う実験でした。

福島の事故と同じ状況を想定していた,と言うのに驚きます。もちろん,原子炉は停止したから,と言ってすぐに低温になるわけではなく,福島の事故でも明らかなとおり,ずっと冷却し続けないと温度が下がらず,その間,蒸気を発生させることは可能で,チェルノブイリの技術者たちはその余熱を利用して原子炉を冷却できないか,と考えたようです。

この日,配電担当者はメーデーの祝日を控えて電力需要が大きいため,試験の開始を午後9時からとするよう,指示していました。

原子炉の停止許可を受けて,4号炉の制御室は徐々に出力を絞り始めます。試験は72万kWの状態で始めることが予め決まっていました。ちなみにこの原子炉はソヴィエト最大の100万kWを誇るRBMK-1000という,黒鉛減速沸騰水型原子炉です。詳しくは後で書きます。

ところが......。

副主任技術者のDyatrovは出力を20万kwにするよう,部下に命じます。試験指示書では70万kW以下にしないこと,と書かれていたにもかかわらず,でした。

出力20万kWというのは原子炉が不安定になり,危険な領域であることはすでに知られていて,原子炉が不安定になる,と現場監督のAkimovは抵抗しますが,上長の指示に渋々従い,運転員のToptunovは出力を下げています。

案の定,と言うべきか,原子炉は3万kWまで出力が低下してしまいます。

一方,冷却水ポンプは主発電機と接続されたままで,このような低出力では水量が足りないため,ポンプ担当者は最大出力として,大量の水を原子炉に注水します。水は減速材なので,高速中性子を減速させ,235Uの核分裂を促進させる作用があることはご存じのとおりです。

このとき,炉内では中性子吸収元素である,135Xeが発生し,いわゆるキセノン炉という状況になっていました。こうなってしまうと出力を上昇させることは困難な状況で,このまま試験を継続せず,停止すべきで,実際,そのような意見も出たようなのですが,Diatrovは試験を強行します。

運転員のToptunovは出力を増加させるため,すべての制御棒を抜き,最高位置に上昇させていました。

翌,午前1時23分,出力が20万kWになり,試験を開始します。タービンは2,300rpmで安定し,試験終了が告げられます。Akimovは原子炉を停止させるため,AZ-5の起動を指示し,Toptunovがそのボタンを押しました。

AZ-5はソ連製原子炉に備わっている緊急停止装置で,中性子吸収のためのボロンとカドミウムからなる制御棒を炉心に挿入する装置です。制御棒をすべて原子炉に挿入し,原子炉が停止する.......はずでした。

しかし,どういうわけか,このAZ-5は欠陥があり,そもそもすべての制御棒が挿入されるまで,約21秒もかかる設計でした。

何かの意図があって,おそらく送電網への影響を軽減するため,わざと遅らせるようになっていたようです。ちなみに震災発生時の福島第一原発の場合は2秒で挿入され,原子炉がまずは安全に停止しています。

おまけに,旧ソ連の原子炉のこの制御棒の先端半分は高温に耐えるため,黒鉛でできていました。

黒鉛は減速能が大きく,中性子を大幅に減速させます。ということは連鎖反応を拡大する方向に作用します。

さらに,制御棒が原子炉に挿入されたため,冷却水の流路が狭まり,沸騰して燃料棒が露出し,原子炉下部は連鎖反応が急激に拡大します。

もはや記録装置の記録が追いつかないほど急激に原子炉出力が上昇し,定格の10倍以上もの出力となり,炉心温度は3000℃を超えました。このときの出力は1200万kWと推定されていますし,炉心温度も4650℃になった,と言うのが現在の推定です。

2分後,大音響とともに4号炉は爆発します。爆発規模はTNT火薬換算で0.6ktと推定されています。1000tを超える金属製の圧力隔壁を吹き飛ばし,炉内の燃料と黒鉛20~30tともに,放射性物質の131I239Np137Ce90Sr239Puなどを大量に大気中にばらまくことになります。プルトニウム239は人類にとって最高に危険な物質,とされていますね。高温の黒鉛は大火災を引き起こし,決死の消防隊員が消火に努めることになります。

こうして,運転員など原子炉関係者および消防員など31名が死亡します。AkimovもToptunovも,翌5月に死亡します。Dyatrovは11月まで入院した後,生還して裁判を受け,1995年12月に骨髄のがんで死亡しています。

一方,事故後,5月3日から周辺30km圏の市民13万5000人が避難する事態となりました。現在も帰還困難区域が広がり,人間の立ち入りが厳重に禁じられているのはご存じのとおりです。

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まずはどうすればよかったのか......と言うことですが,緊急停止装置のAZ-5を使用せず,制御棒を1本ずつ,ゆっくりと挿入して通常の停止処理をしていればよかった,という意見もあります。なぜ,AZ-5を使って停止させたのか,は謎ですし,当時は簡単にプラケースで保護してあるだけの簡単なスイッチだったようです。

また,原因としては,このような人的ミスが直接の原因なのでしょうが,システムの欠陥が最大の原因だと思います。

そもそも,なんで黒鉛を減速材として使用していたのか.....。

フェルミがシカゴ大に作った史上初の原子炉もそうですし,世界初の商業炉とされる(これはウソでしたけどね)英国のコールダーホール原発もそうですが,これはプルトニウムを製造するため,です。実際,北朝鮮の原子炉も同じ構造なのはそういう理由です。

黒鉛は減速能が大きく,低速中性子を量産できるため,天然ウランが使用できるのが初期の原子炉で用いられた理由のひとつですが,高速中性子を核分裂しない238Uに照射すると,最終的にプルトニウムに変化するのが軍事的メリットで,後は化学的処理でプルトニウムを抽出すれば,原子爆弾の原料が入手できるから,です。

ソヴィエトはこの原理を利用し,水を沸騰させて蒸気を作れば発電ができるし,プルトニウムも手に入るな,と考えてRBMKのような黒鉛減速炉を開発しています。

しかしながら,この構造には根本的,原理的な欠陥があります。

水も減速材として作用するので,日本や西欧各国が採用している軽水炉では水がなくなった場合,減速材は水のみなので,炉内は減速されない高速中性子ばかりとなり,連鎖反応が自然に停止する,と言うフェールセーフ性がありますが,旧ソ連製の原子炉では水がなくなっても黒鉛があるため,連鎖反応が継続します。

さらに,旧ソ連製の原子炉は沸騰水型なので,核燃料内で水が沸騰し,燃料棒の表面が蒸気の気泡(ボイド)で覆われて露出するようになると,水自体,減速材であると同時に吸収材でもあるので,それがなくなるということは燃料棒に照射される中性子が増え,連鎖反応が促進される効果があります。これがプラスのボイド効果ですね。おまけに水がない,と言うことは冷却されなくなるわけで......。

もし,福島の原子炉が沸騰水型でなく,関西電力など,西日本で多い加圧水型だったらどうだったか....ということを指摘する人がいらっしゃいます。

加圧水型だと原子炉内では水は沸騰せず,液体のままなので,もし,かりに全外部電源を喪失し,冷却ポンプが動かなくなっても,水が原子炉内に存在してあの事故は回避できたのではないか,という主張です。

確かに,1次冷却水が循環しなくなっても,蒸気発生器で2次冷却水を用いて冷却ができるはずですし,炉内で蒸気が発生しなければ,高圧にならず,また,炉内に直接注水する必要はなかったかもしれません。

iruchanは原子力の専門家じゃないので,何にもわかりませんが,もし,加圧水型炉だったら何とかなったんじゃないか,と言う気はします。現在,再稼働されている原発がすべてこのタイプ,ということからも,加圧水型炉の方が安全,と言うことなんじゃないでしょうか。

さらに,RBMK-1000型炉の制御の問題は早くから指摘されていて,だからこの前日の実験でも想定出力は72万kWとされていた訳ですし,実際,1975年11月30日にはレニングラード原発の1号炉がAZ-5の投入に際して一部炉心溶融した事故があったのですが,主因として正のボイド効果が指摘されましたが,より重大なのはAZ-5の問題でしたが,隠蔽されたようです。

そのほかにもRBMK-1000型炉を使用している,このチェルノブイリ4号炉と,現在,EUが停止を求めているリトアニアのイグナリナ原発1号炉でも開業早々,1983年の年末,定期検査後の試験で,停止時に出力が急増する,という現象が出て,AZ-5の欠陥が明らかになります。

もし,30本以上の制御棒がすでに挿入されていれば,安全にAZ-5の操作により原子炉は安全に停止しますが,7本以下だと暴走し,炉が破壊する,と言うことがわかります。

システムの重大な欠陥で,当局は隠蔽しようとしたのか,情報が技術者に共有されなかったのも大きな問題です。それにしても,実際,現場にいたDiatrovらは知っていたはずですよね......。

最後に,そもそもチェルノブイリにしろ,福島にしろ,原因は想定外とされることが多いですが,間違っていないでしょうか。

どちらの場合も,事故の原因となった事象はすでに想定されていて,根本的な原因はシステムの不備が最大の原因と思います。

チェルノブイリの場合はすでにRBMK-1000型炉やAZ-5の構造的な欠陥がすでに明らかになっていましたし,AZ-5の誤操作による致命的な事故になることもすでに予期されていました。

福島の場合も前年に大地震で13mの津波が押し寄せる危険性がすでに指摘されていましたし,非常用ディーゼル発電機を地下に設置していれば,津波でなくても,仮に大雨や排水設備の故障などで,水没する危険性があることくらい,予想できなかったのでしょうか。

実はiruchanの職場で,地下4Fに設置していた非常用ディーゼル発電機室に大雨で水が入ったことがあります[雨]

エンジニアリングに携わる者は,常に最悪の事態を想定し,細心の注意を払って設計すべき,と思います。特にヒューマンエラーの介在する余地がある場合は徹底的に排除し,なおかつ,それが生じた場合でも速やかに安全な処置ができるよう,設計すべきである,と思います。

別の話になりますが,今年もまた,2005年4月25日に発生した,福知山線の脱線事故の日が来ました。

これも,運転士によるヒューマンエラーと,その運転士を追い込んだ,会社の人事・教育体制が原因とされていますが,iruchanはこれもシステムの不備が最大の原因,と考えています。

もし,ATS-Pを入れていれば,なんの問題もなく,事故は防げたはずです。減速信号を受けて電車は減速するか,非常ブレーキがかかって,安全に停止していたでしょう。

JRの旧型のATS-S型は赤信号以外は速度制御は運転士に任されていて,フェールアウトなシステムになっています。もちろん,警報が鳴って自動的に非常ブレーキが作動する仕組みになっていますが,警報時点で解除ボタンを押すことができ,その後はマニュアルで30km/hに減速することになっています。解除ボタンを押した後は人間任せですし,赤信号以外では警報が鳴りません。

それに,JRの運転士は警報が鳴ると同時に反射的に解除ボタンを押すのが通常なので......。その後の電車の運転は一部の会社では赤信号通過時点で非常ブレーキが動作するようになっているところもありますが,基本的に機械によるバックアップはありません[台風]

それに,そもそも途中の減速信号や注意信号ではATSは動作しません。

福知山線の事故は,大昔に速度照射つきのATSを導入している阪急や阪神なら絶対に起こらなかった事故です。速度超過というヒューマンエラーがあっても,信号で自動的に電車の速度を低下させるか,非常ブレーキがかかって安全に停止します。

ゲーム好きな人なら,これらの私鉄の電車を運転するとすぐに速度超過でゲームオーバーになるので,お気づきのことと思いますが,これはATS-Pのおかげです。

なぜ,1967年に私鉄に速度照射つきのATSの導入を指示(運輸省 昭和42年鉄運第11号通達)したのに,国(運輸省)は国鉄に求めなかったのか......。そして今もなお,JRにはそれを求めていないのか.....。

福知山線脱線事故はシステムの不備とともに,JRと国の不作為が最大の原因だと思います。

蛇足ですけど,NHKのドラマ "原発危機 メルトダウン~福島第一原発 あのとき何が~" で,大杉漣が吉田所長役で出ていましたけど,炉心の圧力が600kPaとなったと聞き,絶句するシーンがありましたけど,こんなの大した圧力じゃない,と思うんですけど......6気圧なわけですが,水道だって5気圧くらいはありますし,ボイラーを使っている蒸気機関車のD51だって常用圧力14気圧(1373kPa)です。そんなに福島原発って,圧力が低い設計だったのでしょうか。

          ☆          ☆          ☆

New York Timesでベストセラーになった名著です。綿密なインタビューと膨大なロシア語を含めた資料を読んだ大変な労作です。

540ページもある大著ですが,後半150ページにもわたる詳しい注記があり,ややこしい原子力の用語や放射線の単位についても簡単な説明があり,とてもわかりやすいです。

原子力や事故,エンジニアリングに興味のある人に勧めます。

ぜひ,筆者には10年後,"Afternoon in Fukushima" という本を書いてもらいたい,と思っています。


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