SSブログ

市川浩著 "ソ連核開発全史" [海外]

2022年1月13日の日記

ソ連核開発全史s.jpg

今日は13日の金曜日です......[台風][台風]

と言うわけではないですが,ちくま新書の "ソ連核開発全史" を読みました。先週の日経の書評に出ていて,面白そう,と思いました。

iruchanが子供の頃,まだ冷戦真っ盛りで,いつか,iruchanの頭上にソ連からミサイルが飛んでくる.......って思っていました。

実際のところ,世界はいつ,そうなってもまったく不思議ではない状況で,ソ連からの情報と言えば,不鮮明で不気味な冬のクレムリンの映像に始まって,これまた不機嫌そうな態度のブレジネフ書記長が訳のわからない言葉で西側を非難して脅している演説だし,お隣の中国も毛沢東が健在で,こちらも似たような映像のニュースばかりでした。技術が低いのか,どちらも不鮮明で画質の悪い映像なのも不気味さを増大していました.....。

かと思うとヴェトナムでは連日,空爆のニュースが出ていて,ニクソンや,今も覚えていますけど,マクナマラ国防長官がまた,不機嫌そうにヴェトナムの戦況を伝えている,という状況でした。マクナマラが広島,長崎に原爆を落とす計画を推進した一人,ということはiruchanも子供ながらに知っていました。

中東では毎年のように戦争が続いていて,なにより片眼のイスラエル国防相だったダヤンがチョー怖かった......。

フランスはまだド・ゴールが健在で,ダヤンもそうですけど,ド・ゴールもいつも軍服を着ていて,もう,ずいぶん経つのに,まだ第二次世界大戦真っ盛り,という感じで,「こいつ,いつまで戦争してんだよ」って思っていました......[雨]

そういや,隣のスペインには独裁者フランコがいて,iruchanは彼の死亡記事(1975.11.20)を覚えています。

と言う子供時代を経験しているので,この本は読んでみたい,と思いました。

さすがに,この広島大学にお勤めの先生があとがきに「卒業論文として書いた」と書いているように,旧ソ連の核開発の概要を一冊の本にまとめた労作で,驚くべきことに昨年2月のロシアのウクライナ侵攻まで記述してあり,最新の情報が出ています。

ソ連は,第二次世界大戦末期,ドイツ侵攻時にナチス・ドイツの核施設を接収し,大量のウラン鉱石や濃縮ウランの他,各関連設備や科学者,従業員を連行したことで知られています。

このとき,本書ではどこで接収したかは書かれていませんが,粗精製ウランを100トン接収した,と書かれており,以前読んだ,Michael Dobbs著 "Six months in 1945" には,ベルリン近郊のAuer社の工場に1,000トンの濃縮ウランが残っていた,と書かれています。本書は量が違いますけど,大量に原爆の原料を入手していたのは間違いないようです。

一方,アメリカのロス・アラモス研究所にもスパイが潜入していて,アメリカの核開発の状況はスターリンは手に取るようにわかっていた,ということも知られています。広島への原爆投下も,実行される日まで知っていたらしいです。

しかしながら,従前,よく言われるように,ソ連の核兵器はアメリカに潜入したスパイのもたらした情報に基づいて,いわばアメリカの知識と技術を窃取したものだ,と言うのは誤りである,と指摘しています。

至極当然の見方ではないでしょうか。スパイがもたらす情報というのはあくまでも断片でしかなく,原子爆弾が製造できるノウハウの仔細にまで至るものではないでしょう。

        ☆          ☆          ☆

1939年2月,ドイツのハーンと学生のシュトラスマンが核分裂の論文を発表し,各国が原爆の開発を開始します。

そもそも,ウランの原子核に中性子をぶつけると原子核が分裂し,その際に膨大な熱が出る.......なら,爆弾ができるじゃないか,と科学者が考えてしまうのは当然の帰結かもしれない,と想像しますが,その後の世界を考えるとあまりにも残念な着想だと思います。本当に,このとき,人類はまさに "パンドラの箱" を開けてしまったのだと思います。

もっとも,ハーンは化学者で,ウランに中性子をぶつけたらバリウムが検出された,どうしてこうなるのか,理由がわからない,ということでかつての同僚だったリーゼ・マイトナーに手紙を送り,原子物理学の学者だったマイトナーは原子核が分裂したことを直感し,甥のフリッシュと解析して,その事実を証明します。

ハーンとシュトラスマンは1944年にノーベル物理学賞を受賞しますけど,マイトナーは授賞されていません。

本書には書かれていませんが,彼女がユダヤ人で,スウェーデンに亡命後も定職がなく,毎日なんとか食いつないでいた,というくらい冷遇されていたのも,また,ノーベル賞委員会も彼女がユダヤ人であり,女性であることから選考から外したらしく,人種差別,女性差別ではないかと指摘されています。また,何故に戦時中に授賞する必要があったのか......戦後,広島・長崎への原爆投下後になっていたら,ずいぶん変わっていたのではないでしょうか。また,もちろん,当然,マイトナーとフリッシュは授賞されるべきです。

ハーンはアーリア系,と言うことからか,ドイツに戦時中も残っていたし,そもそもノーベル賞の受賞が1944年ということなので,ナチス・ドイツも彼の受賞を傍観し,原爆の開発を軽視していた訳ではない,と思います。ハイゼンベルクもドイツにいて,彼がソ連の手に渡る前にアメリカが彼の身柄を確保するのですが,一般に,ナチスは今次大戦の終結までに原爆は完成しない,と考えて原爆開発に莫大な経費を使って注力していた訳ではない,というのは事実としても,ナチスが原爆を手にするのも時間の問題,だったように思います。

ソ連では,科学アカデミー内に研究チームを設け,原爆の研究がスタートします。

1944年にはモスクワにサイクロトロンが完成し,核分裂の実験ができるようになるのですが,マンハッタン計画とは比べものにならないくらい,小規模な研究体制だったようです。

しかし,1945年8月の広島,長崎への原爆投下を契機に研究を加速し,最初の原子炉Φ-1(F-1)が1946年12月に臨界を達成します。

このΦ-1炉の写真が載っているのも驚き。

1942年12月に臨界となったフェルミが作ったシカゴ大学のパイル-1はそれこそ,黒鉛のブロックを積み上げて初期のピラミッドみたいな形にしただけで素朴な感じがするのと異なり,こちらはかなり本格的で,黒鉛の角棒の真ん中に丸い穴を開け,そこにウランの燃料棒を挿入する,と言う構造で,のちのチェルノブイリ原発につながる本格的な原子炉です。

すぐにプルトニウム量産用のA-1炉を完成させ,1949年8月29日にセミパラチンスク実験場で,PдC-1(RDS-1)原子爆弾が炸裂します。

この爆弾の威力が不明なのですが......。写真も載っていて,TNT火薬換算で20ktとされる長崎に投下されたファットマンとそっくりなのは驚きます。

一応,ネットに出ている情報では,威力は22ktだったらしく,ファットマンとほぼ同じです。やはりこのあたり,アメリカに潜入したスパイの情報なのか......。

一方,広島型のウラン型原爆であるPдC-2は1951年9月24日に実験されました。アメリカと順番が逆なのが興味深いです。こちらもネットの情報ではTNT火薬換算で38.3ktだったようですが,広島のリトル・ボーイが15ktだったようなので,倍以上の威力があったことになります。

要は,北朝鮮の原爆もそうですが,黒鉛型原子炉は天然ウランが使用でき,かつ,このタイプの原子炉を使うと,燃料棒中にウラン238が変化したプルトニウム239が蓄積され,あとは化学的処理で比較的,容易にプルトニウム239が得られるのに対し,ウラン型原爆は天然にはほとんど存在しない,ウラン235の濃縮が必要で,こちらの技術開発に手間取った,と言うことなのでしょう。

もっとも,プルトニウムは核分裂反応が速く,起動時には一度,爆縮と呼ばれる過程が必要で,全プルトニウム塊に核分裂の連鎖反応が行き渡るまで,固体を維持する必要があります。そのため,通常火薬による点火装置の機構開発が大変で,アメリカもトリニティサイトで事前に実験したのもその理由ですし,北朝鮮の最初の核実験(2006年10月9日)がアメリカの報告では失敗,とされているのも,十分にプルトニウム塊が核反応を起こしていなかったため,のようです。

ちなみに,広島に,事前に試験をせず,一発勝負で濃縮ウラン型爆弾を投下したのはアメリカもよほど自信があったのだろう,と思います。広島では失敗が許されないので,ウラン型を使用し,長崎では,別のプルトニウム型を使った,というのは実際に現地で実地試験をしたのだ,と思っていますし,なによりスターリンに,「オレは2種類も持っているぞ」というデモンストレーションであったはずです。だから,一発目は絶対に失敗が許されず,確実なウラン型を使ったのでしょう。のみならず,それ以前に,もはや戦争遂行能力なんて残されていない日本に,追い打ちをかけるように,わざわざ原爆を落としたこと自体,スターリンに対する強烈なメッセージが目的だったのだ,と考えています。

        ☆          ☆          ☆

この本のおかげで,旧ソ連の核開発の概要がよく理解できました。新書,と言う形態のため,図が小さくて見にくいのと,チェルノブイリの原発事故について,紙幅の制限があったのでしょうが,もう少し知りたい,と思いました。

それにしても旧ソ連の核開発の状況がよくわかりました。最新の研究成果も載っていて,良書とはまさしくこの本のことです。皆さんにお勧めします。


nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

Facebook コメント