SSブログ

佐々木譲著 "抵抗都市" [文庫]

2020年10月10日の日記

抵抗都市5s.jpg

一昔前なら,今日は体育の日ですよね~~。なんのためにこの日が体育の日になったのか,勝手に月曜に移動するなよ,と思います......[雨]

って思っていたら,来週,12日は休みじゃありません。一体,どうなったんだ.....。

今年は幻の東京オリンピックの開始にあわせ,スポーツの日と変わって,7月24日だったそうです。もう,すっかり忘れちゃってます。来年,本当に東京オリンピックは開かれるのか.....。歴史は繰り返す,って言いますから,1940年の時と同様,今度のオリンピックも幻なんじゃないかと.....。

さて,佐々木譲の "抵抗都市" を読みました。最近の本の中では当たりの本だと思います。本当言うと,まだ単行本なので,本ブログのスコープ外なんですけど.....。

     ☆          ☆          ☆

時代は1916年。同盟国ロシアの要請で,ヨーロッパ東部戦線に名古屋の第3師団を追加派兵すべく,日本政府は準備を進めていました。福井県敦賀から師団を送るための壮行会を天皇臨席で執り行うべく,警戒をする最中,東京・神田の日本橋川に,不審な男の死体が浮かぶ......というのがプロローグです。

そう,日本は日露戦争に敗北し,ロシアの保護国となっていて,霞ヶ関の現在の官庁街のど真ん中,法務省の辺りにロシア統監府があって,日本政府を監督下に置いている......,という状況です。総督府じゃないのは,完全に植民地になっていないからでしょう。さすがに,太平洋戦争を敗戦と呼ぶのはためらわれるので,終戦と呼んでいるのと同様,御大変と呼ぶことになっています。

東京はロシア人の役人や商人が多数居住し,ロシア人街ができていますし,今の内堀通りはクロパトキン通り,馬場先通りは友好道路って名前に改称されてますが,さすがに都民は降参道路って揶揄しています。まだ完成していない東京駅を横断する永代通りはロジェストヴェンスキー通り,となっています。ロジェストヴェンスキーって,本当なら日本海海戦の敗軍の将で,捕虜なのでは.....。さすがにステッセル通りというのは小説では存在しません.....。

主人公の勤務する警視庁はなぜか今の桜田門じゃなく,GHQのあった第一生命ビルの辺りです。この辺,作者の皮肉か,って思ったら,警視庁の赤煉瓦庁舎はもとはここにあり,関東大震災で焼けて1931年に今の桜田門に移ったようです。

ポーツマス条約は日本の戦争責任を問う条約となり,満州,朝鮮からは撤兵し,軍事権と外交権はロシアに委ねることとなり,連合艦隊が日本海海戦で壊滅した海軍は,単なる沿岸警備隊と化しています。陸軍の兵力は半減され,参謀本部も解散,もはや抵抗する力もなくなっています。奉天大会戦については小説では触れていませんが,普仏戦争のセダンの戦いのように,大敗北を喫したのでしょう。

一応,型どおりの平和を保つため,二帝同盟なるものが締結され,日本はロシアの同盟国として,第1次世界大戦にもロシア側に立って参戦しています。

主人公は警視庁の特務巡査・新堂と,その同僚,西神田署の多和田。捜査を進めるうち,彼らに闇の手が伸びてくる.....被害者の男は誰なのか......というミステリー仕立ての小説です。

まあ,この手の歴史改変小説は,先日もキャサリン・バーデキンの "鉤十字の夜" を読んだばかりですし,ロバート・ハリスの "ファーザー・ランド" やレン・デイトンの "SS-GB" を読みましたけど,いずれもこういった歴史改変小説,というのはナチスが第2次世界大戦に勝った世界.....というのが定番で,本作はそれを日本に置き換えたような小説です。

それに,そもそも,あるところで不審な死体が見つかり,主人公が刑事で,捜査を進めるうちに,彼らに闇の手が伸びてきて.....,なんて過去に多くの小説にあるシチュエーションですし,"ファーザー・ランド" とまったく同じ筋立てです。実は,新聞で書評を読んだとき,まさにその "ファーザー・ランド" の舞台を日本に置き換えただけなのでは,と思っちゃいました。それに,その闇の手,というのも "ファーザー・ランド" がナチ政府だったし,今回も国内の反露勢力とそれに連動した軍の一部組織....というのも似ています。

でも,正直,とても面白い小説でした。まったく読んで損はない,面白いミステリー小説だと思います。

ちょっと脱線。iruchanが面白いと思ったのは表紙。
 
万世橋駅であることは歴史に詳しい人や鉄ちゃんならすぐにわかるでしょう。甲武鉄道のターミナルで,1906年には国有化されていて,本小説でも国鉄万世橋駅となっています。駅前に軍神広瀬少佐(戦後,中佐に特進)の銅像があることで知られていて,この表紙は当時の絵はがきですね.....。それを知っている人は思わず,ニヤリ,とする表紙ではないかと思います。小説では友好の印として杉野上等兵曹(同兵曹長)とロシアの英雄2人と一緒に並んで立っている.....と言うことになっています。本物の広瀬少佐の銅像は太平洋戦争後,戦犯銅像として東京都により撤去されたことはよく知られていますね。
 
     ☆          ☆          ☆

さて,実際に日本が日露戦争で負けていたらどうなっていたか......。

この小説では日本は寛大な処置を受けている状況となっていて,軍事権,外交権が剥奪されているものの,ロシア領となっているわけではありませんし,何も書いていませんが,領土的には本土を保有しているような状況です。日韓併合前なので,領土的には朝鮮半島を併合する前のことなので関係ないですが,大韓帝国はロシアの保護下でしょうね.....。

何か,やはり戦後のアメリカによる占領が下敷きになっていて,小説が組み立てられたような印象を受けるのは当然のような気がします。どうも本小説を読んでいて既視感を覚えました。

「この平和条約は、復讐の条約ではなく、『和解』と『信頼』の文書であります。日本全権はこの公平寛大なる平和条約を欣然受諾致します。」

ポーツマスで,吉田茂ではなく,小村寿太郎がこう演説した.....,と書いてあってもなんの違和感もないような感じです。

しかし,実際に敗北していたら,当時の世界情勢から考えても,全土がロシア領となることはなかったでしょうが,領土の割譲は免れず,北海道や下手をすると北東北はロシア領となっていたのは間違いない,と思います。こういう状況下でのストーリーの方がもっと面白かった,というより現実味があった,と思いますが,佐々木譲は北海道出身なので,そういう設定は避けたかったのかもしれませんし,暗に対米従属の戦後日本の状況を批判しているのかもしれません。

もっとも,満州や朝鮮からは撤兵を余儀なくされていたはずなので,その後の歴史は変わっていたかもしれません。日中戦争や太平洋戦争は起こらなかったかもしれませんね。

ただ,1917年のロシア革命に乗じて日本もフィンランドやポーランドのように主権や国土を回復していたかもしれませんし,列強が日本を支援するはずだから,逆に米英の属国,ということもありえたでしょう。でも,一度でも占領した土地は自分たちの土地,と考えるロシア人のことだから.....第2次世界大戦後の今も北海道はロシア領かもしれません......。

何か,こう考えるといろいろ面白いことが考えられるし,ぜひ続編を,と思いました。


nice!(0)  コメント(0)