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Richard Rohdes著 "Energy: A Human History" [海外]

2021年9月4日の日記

richard rohdes energy.jpg

Richard Rohdesの "Energy: A Human History" を読みました。地球環境問題が極めて重大な段階に来ていることが誰の目にも明らかな昨今,我々人類がどのようにエネルギー源を求めて来たか,400年間の歴史をまとめた本で,歴史を振り返るには絶好の本だと思いました。

すでに邦訳もでていて,タイトルは ”エネルギー400年史: 薪から石炭、石油、原子力、再生可能エネルギーまで” として草思社から出ています。原書が2019年6月で,邦訳が7月ですからほぼ同時に出版されていますね。日経の書評で見つけました。

ただ,邦訳が税込み4,180円もするので,研究者じゃなければおいそれと買えませんね.....。

amazon経由で買いましたけど,amazon直販より安い,マーケットプレイスで出ている英Book Depositoryで1,668円でした。ここ,最近amazonに買収されちゃったようですけど,amazonより安いし,しおりをつけて送ってくれるのがいいです。また,洋書買ったのに国内から送られてくるamazonより,ロンドンから送られてくる方がいいじゃないですか.....といって多少,日数はかかりますけどね。

内容は圧巻。人類が長い封建制の時代を経て,近代工業化の道を進み始めた16世紀以来のエネルギー源の変遷を細かく記述しています。さすがに,同じ筆者の "The Making of the Atomic Bomb" はピュリツァー賞を受賞していて,評価の高い筆者ですけど,さすがにこの本は800ページを超えるのでちょっと読めません....。

エネルギーを動力,照明,そして原子力の3分野に分けて詳述しています。

もちろん最初のエネルギー源は木。

しかし,最初に工業化の道を歩み始めた大英帝国はすぐに国内の木材を使い果たしてしまい,世界を支配するための軍艦の製造に必要な大きな米松の木が手に入らなくなってしまいます。もちろん,家庭では暖房に木を使っているし,軍艦に必要な鉄の製造にも木を使っています。新たな熱源を探さないとそれこそ,木がなければ帝国はおぼつかない....と言う状況になっていきます。

もともと,石炭はローマ人がいた時代から英国では使用されていたようですが,本格的に採掘されるようになったのはやはり木材が枯渇したから,のようです。次第に炭鉱が開発され,どんどん,深くなっていくと地下水を排水する必要が出てきて,最初は馬,のちにPapinやSaveryが発明した蒸気ポンプが発明され,これらの手動式の弁を自動化しようとしてNewcomenが蒸気機関を発明し,さらにこれらは大気圧機関であるため大きく,効率が低いのでWattが蒸気圧を利用する高効率蒸気機関を発明し,さらにTrevithickが蒸気機関車を発明する.....と言うことにつながっていくわけです。

残念ながら,Trevithickは天才だったと思いますが,筆者も書いているように,生まれたのが少し早すぎたと思います。鋳鉄のレールは壊れやすく,せっかくの彼の発明も活かしきれなかった訳ですね。彼は困窮のうちに1833年に死にますが,英国の鉄道はすでに開花し,各地に敷かれるようになっていました。

SaveryやPapinの蒸気ポンプはiruchanも子供の頃,図鑑で見たので知っているのですが,残念ながら,本書には絵がありません。また,ニューコメンの蒸気機関は図があり,また可動する実物がバーミンガム近郊のDudleyと言う街で保存されているらしいので,見に行きたいと思っています。実際,ニューコメンの機関がダメだったのは大きすぎたから,というのがあるのですが,実際,このGoogleマップの写真を見ても,家1軒占領してしまうくらいだから,とても蒸気機関車なんてできない代物ですね。でも,博物館は休業中。コロナのせいかな.....orz。

照明の歴史も面白かったです。

iruchanお気に入りの英国ドラマ "女王ヴィクトリア" で女王役のジェナ・コールマン(チョ~~かわいい[exclamation])が文句言っていましたけど,ロウソクは上流階級は蜜蝋と決まっていて,匂わないのですが,中産階級は動物の脂を使った獣脂ロウソクで,たまに宮殿でもこれを使ったようです。一方,庶民はrushとよばれる灯心草の灯明?ですね。油は亜麻仁油やクルミの油の他,rapeというので,これは日本と同じ菜種油のようですが,他には魚の肝の油だそうですから,臭かっただろうな,と思います。

その後,Murdockが石炭を乾留してガスを作り,ガス灯を発明します。1792年にコーンウォルの自宅の照明に使いますが,特許を取らなかったため,大儲けした,と言うわけではなさそうです。1813年には最初のガス灯会社Gas-Light and Coke Companyが成立し,ロンドンのウェストミンスター橋がガスで点灯されます。

一方,アメリカでは映画 "白鯨" にも出てくるように,鯨の脂で,マッコウクジラの頭の脂が最高級品で,体脂肪を溶かして固めたものは庶民用だったようです。映画では鯨の皮を煮て樽に詰めるシーンしか出てきませんけど,頭部の油が本当は目当てだったようです。ちなみに英語ではマッコウクジラはsperm whaleと言うのですが,もちろん,spermとはのことです.....。

ついでに,シロナガスクジラは英語ではblue whaleと言います。なんや,それ。

彼らは北大西洋の鯨は取り尽くし,遠くホーン岬を超えて太平洋にまで来て,挙げ句の果て,ベーリング海峡で海氷に閉じ込められて遭難する船まで出てくるわけですが,1853年,ペリーが日本に来たのも,捕鯨船への補給が目的でした。

意外なことに捕鯨が衰退するのは南北戦争の結果とは知りませんでした。南軍が北軍の捕鯨船を片っ端から攻撃したためのようです。

そのうち,ペンシルヴェニア州のOil Creekと言う街で油田が発見され,灯油が灯りとして使われるようになり,急速に捕鯨も衰退していきます。実は,ペリーが来た頃には最盛期を過ぎており,本書によると捕鯨のピークは1846年で,そのとき,捕鯨船は722隻をピークに急減していきます。明治維新にもなると石油が取って代わっているようです。一体,彼はなにしに来て,結果として本来の目的とは異なる大混乱をもたらしただけだったのか....。

その後,電気が登場するのですが,ナイアガラの水力発電所の建設のところは面白いです。もちろん,Westinghouse社が交流の発電機を用い,Stanleyが発明した11,000Vという高圧送電を実現し,遠く,ニューヨークまで送電されるわけです。

原子力の開発のところが歴史編の最後になりますが,フェルミがシカゴ大に建設したパイル1の図も出ていて興味深いです。また,iruchanも長年疑問に思っていたのですが,なぜ初期の原子炉やロシア,北朝鮮の原子炉がグラファイト(炭素)を減速材として使っていたのか,ナチスが原子炉用に重水を蓄積していたのか.....この本で理由がわかりました。

天然ウランを原子炉で使う場合にこういうシステムが必要なんですね。

天然ウランはウラン235を0.07%しか含まないため,高速中性子はウラン238が吸収してしまい,自身はプルトニウムに変化するのですが,核分裂反応を起こさないため,核分裂反応を起こすウラン235を核分裂させるには十分に低速の中性子が多数必要となるのですが,軽水ではウラン235に必要な速度まで減速できず,連鎖反応が起こらないから,のようです。とはいえ,軽水炉では3%程度のウラン235の濃度が必要なのでウラン濃縮が必要になるわけです。

最終章は今後の展望になっています。

ピッツバーグの南にある,ペンシルヴェニア州Donoraと言う街を襲ったスモッグの被害の話は驚きました。

1948年のハロウィーンの夜,硫化物を含んだスモッグが街に滞留し,60人が死亡しました。

Monongahela川の蛇行地点の突端にあり,三方を山に囲まれた地形が災いしたようです。実際,今は便利な時代で,Googleさんが現地の地図や航空写真を見せてくれるので,この辺の状況はよくわかります。USスチールの子会社がここでワイヤーを作っており,その工場の排煙が原因のようです。似た事件は1930年,ベルギーのリエージュでも発生していて,やはり60人が亡くなっています。

化石燃料を使い続けるとどうなるか.....公害の原点のひとつとも言うべき事件を紹介したのは歴史の教訓としての意味合いでしょう。

そういえば,歴史の教訓という意味では自動車のところで,ガソリン自動車が世界を席巻した経緯が明らかになっていますが,そもそも1920年まで,電気,蒸気,内燃自動車の3者がほぼ拮抗していたのに,その後,内燃自動車が独占してしまうのは,石油の発見によりガソリンが容易に手に入るようになり,価格面でも供給面でも他を圧倒したから,です。

そもそも内燃機関は速度0からスタートできないのでエネルギーのムダが多いし,クラッチやギアなどの部品が多く,また,ノッキングの問題もあり,この解決のため,四メチル鉛の添加が考案されるのですが,この環境への影響も自動車の普及のため,無視されました。もし,このとき電気自動車が勝利していたら.....世界は大きく変わっていたでしょう。

内燃自動車はこうして,決して優れた交通システムではないのに,世界を制覇したのはフォードやスタンダード石油など,自動車,石油産業が結託して他を排除した結果でもあります。これからEVやFCVなど,自動車の将来を決める上でも,経済的合理性の追求のみならず,まさに強欲とも言うべき資本主義的要因を十分に警戒すべき課題のだと思います。それに,米国の石油が枯渇したから,といってサウジアラビアなど中東に目をつけ,長年にわたって欧米系の石油会社が利権を争い,この地域の民主化の遅れや政治的不安定の原因ともなっているのは憂慮すべきです。

最近,話題になっているイタリアの物理学者Marchettiが1972年に作成した,産業革命以降のエネルギーの推移のグラフが興味を引きます。木や石炭,石油,原子力の使用量を縦軸が対数軸として%で表示したもので,各エネルギー源の盛衰がよくわかります。

一方,さすがにこれは古くなっており,とくに1980年代以降,オイルショックで産油国の価格統制力や発言力が高まったせいで大きくグラフがずれてきている,と言うことを指摘しています。いまだに石油はピークアウトしていませんし,石炭も下降していたのがほぼ水平になり,現状維持となっている,と言うわけです。

また,将来は再生エネルギーがこのグラフに出てきませんが原子力がまだ21世紀中は主力のエネルギーとなるようです。安全性や廃棄物の点で課題があるのは承知していますが,より安全な軽水炉やトリウム炉が開発されていますし,将来もやはり原子力を利用すべき,と考えています。特に日本では風力は難しいし,太陽光は昼間しか発電しない上,山岳地が多い日本では土砂崩れの原因ともなり得るし,自然破壊にもつながると思います。

筆者は少し最後の方で風力にも触れていますが,将来はどうなるか,明確に記していません。このあたり,ちょっと残念ですが,過去400年のエネルギーの歴史を概観するのに非常によいテキストであると思いました。



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