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Adam Higginbotham著 "Midnight in Chernobyl: The Untold Story of the World's Greatest Nuclear Disaster" [海外]

2024年4月25日の日記

Midnight in Chernobyl.jpg

Adam Higginbotham著 "Midnight in Chernobyl" を読みました。

2011年の福島第一原発の事故以後,改めてチェルノブイリ原発の事故はなんだったのか,調べてみたい,と思いました。

1986年4月26日土曜日の未明,旧ソヴィエト連邦のウクライナにある,チェルノブイリ原発の4号炉が爆発し,大気中に大量の核物質を拡散させました。

当時は鉄のカーテンの向こう側は情報が統制されていて,ソヴィエト当局は事故を隠蔽し,翌日,西側での第一報をもたらしたのは隣国スウェーデンのフォルスマルク原発の技術者で,原発内の放射能レベル計の数値が急増したのに気づいたためです。

iruchanは当時,大学生でしたけど,確か,そのニュースはニュースセンター9時(古っ!)で見たのが最初か,と思います。まだ,確か,放射線レベルの異常が観測されたが場所は不明,ソ連のどこか,というような内容だったと思います。

その後,連日,新聞の片隅に東京や大阪などの放射線レベルが載っていたのを記憶しています。確か,当時の単位はシーベルトではなく,ベクレルだったように思います。

まさか,その四半世紀後,全く同じような放射線レベルの表示が毎日,新聞に載り,その発生源が日本とは思ってもみませんでした.....。

と言う次第で,改めてチェルノブイリ原発の事故はどのような原因で発生し,どのように処理されたのか,知りたいと思ってこの本を手に取りました。

          ☆          ☆          ☆

1986年4月25日の金曜日,ウクライナのチェルノブイリにある,チェルノブイリ原発4号炉は明日からの定期点検に備え,この日,シャットダウンすることになっていました。

その前に,技術者たちはひとつの実験を計画していました。

すべての外部電源が喪失したこと(!)を前提として,その場合の原子炉の冷却のため,原子炉の余熱で発生した蒸気で主発電機のタービンを回転させ,発生した電力で冷却水ポンプを稼働させることが可能か,と言う実験でした。

福島の事故と同じ状況を想定していた,と言うのに驚きます。もちろん,原子炉は停止したから,と言ってすぐに低温になるわけではなく,福島の事故でも明らかなとおり,ずっと冷却し続けないと温度が下がらず,その間,蒸気を発生させることは可能で,チェルノブイリの技術者たちはその余熱を利用して原子炉を冷却できないか,と考えたようです。

この日,配電担当者はメーデーの祝日を控えて電力需要が大きいため,試験の開始を午後9時からとするよう,指示していました。

原子炉の停止許可を受けて,4号炉の制御室は徐々に出力を絞り始めます。試験は72万kWの状態で始めることが予め決まっていました。ちなみにこの原子炉はソヴィエト最大の100万kWを誇るRBMK-1000という,黒鉛減速沸騰水型原子炉です。詳しくは後で書きます。

ところが......。

副主任技術者のDiatrovは出力を20万kwにするよう,命じます。試験指示書では70万kW以下にしないこと,と書かれていたにもかかわらず,でした。

出力20万kWというのは危険な領域であることはすでに知られていて,原子炉が不安定になる,と現場監督のAkimovは抵抗しますが,上長の指示に渋々従い,運転員のToptunovは出力を下げています。

案の定,と言うべきか,原子炉は3万kWまで出力が低下してしまいます。

一方,冷却水ポンプは主発電機と接続されたままで,このような低出力では水量が足りないため,ポンプ担当者は最大出力として,大量の水を原子炉に注水します。水は減速材なので,高速中性子を減速させ,235Uの核分裂を促進させる作用があることはご存じのとおりです。

このとき,炉内では中性子吸収元素である,135Xeが発生し,いわゆるキセノン炉という状況になっていました。こうなってしまうと出力を上昇させることは困難な状況で,このまま試験を継続せず,停止すべきで,実際,そのような意見も出たようですが,Diatrovは試験を強行します。

運転員のToptunovは出力を増加させるため,すべての制御棒を抜き,最高位置に上昇させていました。

翌,午前1時23分,出力が20万kWになり,試験を開始します。タービンは2,300rpmで安定し,試験終了が告げられます。AkimovはAZ-5の起動を指示し,Toptunovがそのボタンを押しました。

AZ-5はソ連製原子炉に備わっている緊急停止装置で,中性子吸収のためのボロンとカドミウムからなる制御棒を炉心に挿入する装置です。制御棒をすべて原子炉に挿入し,原子炉が停止する.......はずでした。

しかし,どういうわけか,このAZ-5は欠陥があり,そもそもすべての制御棒が挿入されるまで,21秒もかかる設計でした。

何かの意図があって,おそらく送電網への影響を軽減するため,わざと遅らせるようになっていたようです。ちなみに震災発生時の福島第一原発の場合は2秒で挿入され,原子炉がまずは安全に停止しています。

おまけに,旧ソ連の原子炉のこの制御棒の先端半分は高温に耐えるため,黒鉛でできていました。

黒鉛は減速能が大きく,中性子を大幅に減速させます。ということは連鎖反応を拡大する方向に作用します。

さらに,制御棒が原子炉に挿入されたため,冷却水の流路が狭まり,沸騰して燃料棒が露出し,原子炉下部は連鎖反応が急激に拡大します。

もはや記録装置の記録が追いつかないほど急激に原子炉出力が上昇し,定格の10倍以上もの出力となり,炉心温度は3000℃を超えました。このときの出力は1200万kWと推定されていますし,炉心温度も4650℃になった,と言うが現在の推定です。

1時24分,大音響とともに4号炉は爆発します。爆発規模はTNT火薬換算で0.6ktと推定されています。1000tを超える金属製の圧力隔壁を吹き飛ばし,炉内の燃料と黒鉛20~30tともに,放射性物質の131I239Np137Ce90Sr239Puなどを大量に大気中にばらまくことになります。プルトニウム239は人類にとって最高に危険な物質,とされていますね。高温の黒鉛は大火災を引き起こし,決死の消防隊員が消火に努めることになります。

こうして,運転員など原子炉関係者および消防員など31名が死亡し,5月3日から周辺30km圏の市民13万5000人が避難する事態となりました。現在も帰還困難区域が広がり,人間の立ち入りが厳重に禁じられているのはご存じのとおりです。

          ☆          ☆          ☆

そもそも,まずはどうすればよかったのか......と言うことですが,緊急停止装置のAZ-5を使用せず,制御棒を1本ずつ,ゆっくりと挿入して通常の停止処理をしていればよかった,という意見もあります。なぜ,AZ-5を使って停止させたのか,は謎ですし,当時は簡単にプラケースで保護してあるだけの簡単なスイッチだったようです。

また,原因としては,このような人的ミスが直接の原因なのでしょうが,システムの欠陥が最大の原因だと思います。

なんで黒鉛を減速材として使用していたのか.....。

フェルミがシカゴ大に作った史上初の原子炉もそうですし,世界初の商業炉とされる(これはウソでしたけどね)英国のコールダーホール原発もそうですが,これはプルトニウムを製造するため,です。実際,北朝鮮の原子炉も同じ構造なのはそういう理由です。

黒鉛は減速能が大きく,低速中性子を量産できるため,天然ウランが使用できるのが初期の原子炉で用いられた理由のひとつですが,高速中性子を核分裂しない238Uに照射すると,最終的にプルトニウムに変化するのが軍事的メリットで,後は化学的処理でプルトニウムを抽出すれば,原子爆弾の原料が入手できるから,です。

ソヴィエトはそれを利用し,水を沸騰させて蒸気を作れば発電ができるな,と考えてRBMKのような黒鉛減速炉を開発しています。

しかしながら,この構造には根本的,原理的な欠陥があります。

水も減速材として作用するので,日本や西欧各国が採用している軽水炉では水がなくなった場合,減速材は水のみなので,炉内は減速されない高速中性子ばかりとなり,連鎖反応が停止する,と言うフェールセーフ性がありますが,旧ソ連製の原子炉では水がなくなっても黒鉛があるため,連鎖反応が継続します。

さらに,旧ソ連製の原子炉は沸騰水型なので,核燃料内で水が沸騰し,燃料棒の表面が蒸気の気泡(ボイド)で覆われて露出するようになると,水自体,減速材であると同時に吸収材でもあるので,それがなくなるということは燃料棒に照射される中性子が増え,連鎖反応が促進されます。これがプラスのボイド効果ですね。おまけに水がない,と言うことは冷却されなくなるわけで......。

もし,福島の原子炉が沸騰水型でなく,関西電力など,西日本で多い加圧水型だったらどうだったか....ということを指摘する人がいらっしゃいます。

加圧水型だと原子炉内では水は沸騰せず,液体のままなので,もし,かりに全外部電源を喪失し,冷却ポンプが動かなくなっても,水が原子炉内に存在してあの事故は回避できたのではないか,という主張です。

iruchanは原子力の専門家じゃないので,何にもわかりませんが,もし,加圧水型炉だったら何とかなったんじゃないか,と言う気はします。

さらに,RBMK-1000型炉の制御の問題は早くから指摘されていて,だからこの前日の実験でも想定出力は72万kWとされていた訳ですし,実際,1975年11月30日にはレニングラード原発の1号炉がAZ-5の投入に際して一部炉心溶融した事故があったのですが,主因として正のボイド効果とされていましたが,より重大なのはAZ-5の問題でしたが,隠蔽されました。

そのほかにもこのチェルノブイリ4号炉とリトアニアのイグナリーナ原発1号炉でも開業早々,1983年の年末,定期検査後の起動試験で,AZ-5の欠陥が明らかになります。

もし,30本以上の制御棒が挿入されていれば,安全にAZ-5の操作により原子炉は安全に停止しますが,7本以下だと暴走し,炉が破壊する,と言うことがわかります。

システムの重大な欠陥で,当局は隠蔽しようとしたのか,情報が技術者に共有されなかったのも大きな問題です。それにしても,実際,現場にいたDiatrovらはこれを知っていたのか......。

最後に,そもそもチェルノブイリにしろ,福島にしろ,原因は想定外とされることが多いですが,間違っていないでしょうか。

どちらの場合も,システムの不備が最大の原因と思います。

チェルノブイリの場合はすでにRBMK-1000型炉やAZ-5の構造的な欠陥がすでに明らかになっていましたし,AZ-5の誤操作による致命的な事故になることも予期されていました。

福島の場合も前年に大地震で13mの津波が押し寄せる危険性がすでに指摘されていましたが,もし,仮に津波でなくても,大雨や排水設備の故障などで,非常用ディーゼル発電機を地下に設置していれば,水没する危険性があることを予想できなかったのでしょうか。

エンジニアリングに携わる者は,常に最悪の事態を想定し,細心の注意を払って設計すべき,と思います。特にヒューマンエラーの介在する余地がある場合は徹底的に排除し,なおかつ,それが生じた場合でも速やかに安全な処置ができるよう,設計すべきである,と思います。

今年もまた,2005年4月25日に発生した,福知山線の脱線事故の日が来ました。

これも,運転士によるヒューマンエラーと,その運転士を追い込んだ,会社の人事・教育体制が原因とされていますが,iruchanはこれもシステムの不備が原因,と思います。

もし,ATS-Pを入れていれば,なんの問題もなく,事故は防げたはずです。

大昔に速度照射つきのATSを導入している阪急や阪神なら絶対に起こらなかった事故です。ゲーム好きな人なら,これらの私鉄の電車を運転するとすぐに速度超過でゲームオーバーになるので,お気づきのことと思いますが,これはATS-Pのおかげです。

なぜ,1967年に私鉄に速度照射つきのATSの導入を指示(運輸省 昭和42年鉄運第11号通達)したのに,国(運輸省)は国鉄に求めなかったのか......。そして今もなお,JRにはそれを求めていないのか.....。

福知山線脱線事故はシステムの不備とともに,国の不作為が最大の原因だと思います。

余談ですけど,NHKのドラマ "原発危機 メルトダウン~福島第一原発 あのとき何が~" で,大杉漣が吉田所長役で出ていましたけど,炉心の圧力が600kPaとなったと聞き,絶句するシーンがありましたけど,こんなの大した圧力じゃない,と思うんですけど......6気圧なわけですけど,水道だって5気圧くらいはありますし,ボイラーを使っている蒸気機関車のD51だって常用圧力14気圧(1373kPa)です。そんなに福島原発って,圧力が低い設計だったのでしょうか。

          ☆          ☆          ☆

New York Timesでベストセラーになった名著です。綿密なインタビューと膨大なロシア語を含めた資料を読んだ大変な労作です。原子力や事故,エンジニアリングに興味のある人に勧めます。

ぜひ,筆者には10年後,"Evening in Fukushima" という本を書いてもらいたい,と思っています。

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ロンドン書店めぐり [海外]

2024年2月12日の日記

なんとか5年ぶりにロンドンを再訪してきました。さすがにコロナのせいで,まったく海外にも行けず,またiruchanは国際関係の仕事をしているんですが,これもコロナのせいでオンラインの国際会議ばかり,でした。

おまけにiruchanはもはや親会社にいなくて別の職場なのですが,コロナ後,再開した国際会議には出られず,親会社の人間が行く,と言うことになると「お前は行かなくていい。」なんて次第で,頭にきていました[台風]

と言う次第ですが,ようやくロンドンに行くことができました[晴れ]

いろいろ,ストーンヘンジや科学博物館やラジオの送信所など,一通り,行きたいところを回ってきました。科学博物館は20年ぶりですが,ラジオの送信機が新たに展示されるようになったし,またニューコメンの蒸気機関もまた見てみたいので,行ってきました。

詳しくはこちらへ。

さて,今日は本屋さんめぐりをしてみたい,と思います。

☆FOYLES

FOYLES1.jpg

FOYLES.jpg 老舗の大きな本屋さんです。

ここはロンドン市内に何軒かある店の本店です。ロンドンでは有名な大型書店で,iruchanも最初にロンドンに行ったとき,すぐに行きました。

今も健在で,多くの本好きで賑わっていました。

ソーホーにありますが,地下鉄のトッテナム・コート・ロードの駅が近いです。チャリングクロス通りに面していて,コヴェント・ガーデンやナショナル・ギャラリーからも近いです。

夏目漱石がチャリングクロス通りの古本屋めぐりをしていたことが日記に書かれていますが,FOYLESは漱石が帰国した翌年(1903年)に開店しているので,漱石は来ていないでしょう。

なお,英国に限らず,どこも欧米の書店と言うのはちょっと日本の本屋さんと違い,雑誌はあまり置いていません。FOYLESは,全くない,と言っていいでしょう。あくまでもBookshopというのは単行本やペーパーバックなどを置いている店,というわけです。

店内は6Fまでありますが,互い違いにフロアーが広がっていて,各階は分野ごとの専門書店,という感じです。最上階に上品なカフェがあるのが驚きで,ここでゆっくり本が読めますし,日によってはジャズの生演奏が聴けるそうですが,iruchanが行ったときはそういう日じゃなかったようです。

HistoryやHobby,Scienceといった具合にフロアが分かれていて,ものすごい数の専門書に圧倒されます。

驚いたのは1Fの奥にMangaというコーナーがあることで,やはり欧米でも日本のマンガはとても人気なんですね~。

ワシントンでもどこでも,欧米の本屋さんには必ずMangaのコーナーがありますが,ここも大変充実しているし,なにより1Fの一番,店としては "売り" のコーナーにあるのは日本人としてもうれしいです。1Fの1/8位は占めているんじゃないでしょうか。

おまけにJosei Mangaなど,日本マンガ特有の単語の解説が店員さんの手書きポップで書かれていました[晴れ]

☆Skoob Books

SKOOB books.jpg

なんか,とてもきれいな古本屋さん。店はB1Fです。

ここは古本屋さんです。以前,ワシントンでも古本屋さんめぐりをしましたけど,ロンドンでも何軒か回って見ました。

やはり,どこの古本屋さんもHistoryのカテゴリが充実していて,英国人の歴史好きはよくわかります。

中国人らしい,若い女性が店主とたどたどしい英語で話をしていました。「私は本が好きで,読めないけれど,このお店に来て感激している。」なんてしゃべっていました。そうですよね。本の好きな人ならたとえ読めなくても,本屋さんに入ってみたいですよね。

iruchanも20年前はこんなものでした。英語もロクにしゃべれず,本なんて読むこともできませんでしたけど....。

今は海外に行ったら,最後に空港の本屋さんを覗くのが楽しみです。

   ☆          ☆          ☆

何軒か,ロンドンの書店と古書店を回ってきました。

感づいたのはどこも人で賑わっている,ということ。また,ほかにもたくさん市内に本屋さんがあり,どこも閉店している,という感じではありません。

書店がどんどん消えている,というのはどうも日本だけの現象らしく,新聞でも読みましたが,ネット書店の影響はあまり海外では大きくないそうで,日本もネット書店の影響は同じでしょうから,日本の書店が消えているのは別の理由があるようです。

日本の書店が減っているのは,店主の高齢化と後継者難が原因と言われますが,それは全職種で同じはずですから,そればかりではなさそうです。

原因は書店の収入の大部分を占めている,雑誌が売れない,ということに尽きるのではないか,と思います。

今の雑誌の低レベルなことはiruchanも呆れています。

正直,ネットに出ているような中身ばかりで,これだったらわざわざお金を出して買わなくても,という雑誌ばかりなのが問題,と思います。

雑誌が売れないので,どんどん雑誌を作り,その分,1冊ごとに投資すべきコストが減り,低レベルな,写真ばかりの内容のない雑誌がどんどん増え,それじゃ,つまらないので読者が減り,雑誌の発売部数が減るので,利益をあげようと,さらに新しく雑誌を作る,という悪循環に陥っているのではないでしょうか。

iruchanの大好きな鉄道だって,今,いったい何誌あるのでしょう。

老舗3誌(ピク,ファン,ジャーナル)だけで十分じゃあ,ないでしょうか。

これら老舗3誌以外はインターネットを見れば十分,と言う内容で,写真ばかりだし,その写真にしたって,インターネットにはアマチュアが撮影した,雑誌には出ていないような貴重な写真もあって,むしろこのような雑誌を買うより,インターネットで十分であるばかりか,むしろ,インターネットの方がよい,という内容なんじゃないでしょうか。

昔は毎月,21日の鉄道雑誌の発売日には本屋さんの鉄道雑誌のコーナーは人だかりがしていて,とても立ち読みなんてできない状況でしたが,今は閑散としていて,余裕で立ち読みができます。

鉄道雑誌って,雑誌の中でも一,二を争う人気分野でしたけど,今はこんな状況です。

これが今の日本の出版界の問題なのじゃないでしょうか。

それに,取次制度のせいで,書店は必要な本や雑誌を自由に置くことができません。売れない雑誌をヤマと送ってきて,それを並べるのも人手が足りないし,場所も足りないのに,全然そういう雑誌は売れない,という状況なんじゃないでしょうか。

FOYLESは新刊書店ですが,雑誌は扱わず,専門誌を読者にわかりやすく並べて読者を引きつけています。

日本の本屋さんや出版業界はこういう商売をすべきではないでしょうか。

読者はインターネットを使って検索しても本好きの人は実際に手に取って,中を見てみたい,と思うものですし,こういったFOYLESのような大きな本屋さんがあれば,インターネットで検索できる以外の本が見られるかもしれないし,仮に見つけたとしても中身が見られないんじゃ,困るのでこういう本屋さんに来て,実際に中を見て,買うんじゃないでしょうか。

それに,FOYLESは大きいし,最上階にカフェもあるので,本好きな人なら1日過ごせそうです。こういう雰囲気のお店が日本にあるでしょうか。

久しぶりにFOYLESなどの本屋さんを見て,逆に日本の深刻な状況がよくわかりました。


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さよならBook Depository [海外]

2023年4月26日の日記

先日,たまたま本を買おうかと,久しぶりにBook Depositoryのサイトを見たらびっくり。

なんと,Book Depository is closingとバナーが出ていて,4月26日に閉店するとのこと。

Book depository'.png えっ~~!?

ここ,amazonのように洋書販売のサイトで,amazonより安いし,なにより,せっかく洋書を買うのに,amazonだと千葉かどこかの倉庫(フルフィルメントセンターとか言うらしいですけどね)から送られてくるだけで,国内から送られてきます。

外国のものを買うのに,国内から送られてきくるのはねぇ~......[雨]

と言う感じがしているのと,何よりここは本を買うと,きれいなしおりを入れてくれるのが本当にお気に入りでした[晴れ]

たぶん,創業者は自分が本が好きだし,本好きの人の気持ちがよくわかっているのだ,と思いました。

何気ないプレゼントでしたけど,どれもとても美しいし,デザイン的にも結構サイケデリックなものがあったり,面白いデザインでした。使われている紙の質や厚みもよく,しおりとしても最適な感じでした。

そう,iruchanはよくしおりを買ったりするんですけど,紙質が悪かったり,厚すぎたり大きすぎたり,どれもいまいち,と言う感じがするのですが,ここのしおりは本当にちょうどよい厚みや大きさで,やはり本当に買う人の気持ちをよく理解しているんだな,と言う感じがしました。

まあ,amazonだって,日本進出もしてなかった最初の頃は,しょっちゅうしおりをおまけしてくれましたし,まだ日本に来ていないスタバのマグカップをくれたこともありました。Japanから注文が来た,ということでおまけしてくれたのでしょうか。

Book Depositoryは送料無料,と言うのもよくて,イギリスかベルギーから送られてきますが,送料無料だったし,なにより,海外からものを買ったので,やはり外国からものが届く,と言うのはうれしいですよね[晴れ]

送られてくる日数は確かに国内から送ってくるamazonより時間はかかりますが,大体,日英間だと最短5日なので,月曜に発送すれば金曜には届く,ということもあったので,それほど問題じゃありませんでした。

と言う次第で,iruchanは洋書を買うときはBook DepositoryかAbe booksをチェックし,最後にamazon,と言う感じで買っていました。Abe booksは古本屋さんのポータルサイトですが,Newというコンディションの本も売っているところがあるし,そうでなくても,Unreadなんてコンディションのものは新品同様で,よく買っています。

なんでBook Depositoryが閉店しちゃうのか......。

ちょっと理由が分からないのですが,wikiを見ると2011年にamazonに買収されているので,その関係かと。送料無料で売っているので,それが気に入らなくて潰してしまおう,といういわゆる敵対的買収だったのか,と想像しています。

実際,Book Depositoryもamazonのマーケットプレイスで出店していて,iruchanはたまにamazon経由で買うこともありました。

トラブルは一度もなく,たった一度だけ,2冊注文したのに2冊目が届かないので,英語で問い合わせたところ,○○○koという明らかに日本人,と言う方から英語で返事が来たことがあります。

Book Depositoryは自社の在庫がそう多くはないようで,他社から仕入れていたようですけど,その本だけ,少し入荷が遅れて済みません,と言う内容でした。

明らかに日本の女性の名前だったので,現地の男性と結婚し,Book Depositoryで働いている方でしょう。こちらも日本人なので,日本語で返事が来てもよさそうですけど,英語で問い合わせたので,返事も英語でした.....[晴れ]

         ☆          ☆          ☆

しかたないので,4月に2回,最後に注文させていただきました。すでに1回目の注文の本は届きました。どうもありがとうございます。これから読むのが楽しみです。

今日,サイトを見てみると▼のようなアナウンスメントがありました。

Book depository '23.4.30.png さようなら[雪]

iruchanは,ここ10年ほど,ここで本を買っていました。大変お世話になりました。ありがとうございました。


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ロバート・ウィルコックス著 "成功していた日本の原爆実験" [海外]

2023年1月31日の日記

成功していた日本の原爆実験1.jpg

終戦間際の1945年8月12日払暁,朝鮮半島北部の日本海側沿岸の興南という町の沿岸で,巨大な爆発があり,それは日本が開発した原子爆弾の実験で,原爆実験の結果は成功であった......。

という主張がこの本の始まりです。

そんなバカな,と思う人が多いでしょうし,iruchanもまったく信じていません。

日本が原爆を開発し,最終的に実験に成功した,というのはSFやロバート・ハリス “ファーザーランド” や佐々木譲の "エトロフ発緊急電" のような,あり得なかった歴史を描いた歴史改変小説ならともかく,ノンフィクションとして発表するならば,確たる証拠に基づいて第三者の検証を経て発表されるべきものです。

その点,あまりにもおろそか,という印象は受けますが,昔から日本も含め,原爆開発の歴史を調べているので,網膜剥離で一週間,入院することもあり,うつむき姿勢を強要されることから読んでみました。

確かに,トンデモ本という印象は受けるのですが,そもそも,"なかった" ということは証明しにくく,よく,悪魔の証明と称されますが,日本が原爆を実験していない,ということを証明することは容易ではありません。

また,読んでみて気がついたのですが,日本の原爆開発が終了し,広島,長崎へ原爆が投下されて仁科芳雄以下の科学者が検証するまであたりはほぼ史実どおり,と思われます。iruchanがこれまでに読んだ,歴史関係の本の記述と一致しますし,陸軍が理研の仁科芳雄,海軍が京大の荒勝文策に依頼し,六フッ化ウランを製造してそれぞれガス拡散法と遠心分離法に取り組んで機器を試作していく過程などは他の本にない,詳しさでよくわかりました。

ただ,朝鮮半島での日本の原爆開発に関する第6部以降はマユツバもので,断片的で,出典も怪しい,論拠も薄く,信頼性の低い情報を,日本が原爆開発に成功した,という自分の結論に沿って都合のよい情報だけを勝手に解釈し,書き連ねただけ,という印象を受けます。

その点,”ノストラダムスの大予言” に似ているし,最近,右派の作家が勝手に日本の歴史を自分流に解釈し,ベストセラーになっていますけど,それらの本に似ています。読む方も読む方,という気がしますけどね.....。

余談ですけど,ノストラダムスの筆者はなにも刑事罰を受けていないことが昔から,腹が立ちます。どれほど,iruchanも含め,多くの青少年を不安に陥れ,果ては将来を悲観して自殺者もいたはずですけど,その点,iruchanは大いに怒っています......。

ただ,確かに,iruchanも朝鮮の興南で終戦間際に巨大な爆発があった,ということは間違いないようです。日経だったか,朝日だったかで,記事が出ていたのを覚えています。当然,原爆実験とは書いていませんけどね。

ここに,日本窒素肥料(現チッソ)の子会社・朝鮮窒素肥料が巨大な工場を建設し,肥料を製造していました。

チッソの公式HPにもこう記述してあるので,間違いない事実です。

ウィルコックスは,ここに巨大なウラン濃縮プラントが設置され,濃縮ウランが製造されていた,と主張しています。

また,近くの鴨緑江にダムを建設し,水力発電所を設けて,そのプラントの動力に使用していた,と書いてありますが,チッソのHPにある,1944年に水豊ダム完成(70万kw)とあるのがそれだと思いましたが,ダムの完成は1941年のようです。一方,興南近くでは,支流の長津江にダムを設けることを計画し,1935年に完成します。黄海に流れる鴨緑江の流れを発電所経由で日本海に流す,という遠大な計画でした。朝鮮戦争の時の中国人民解放軍との激戦で有名な長津湖です。

そもそもなぜここで中共軍と国連軍で激戦になったか......それは中共がここのウラン濃縮設備や残っていたウランを奪取しようとしたからだ,というのがウィルコックスの主張です。

ちなみに国連軍は長津湖から後退し,興南の港から撤退しています。

当然,海兵隊は何らかの工場設備の廃墟を見つけたはずですし,ガイガーカウンターくらいは持ち込んで調べているはずですから,もし,日本が何らかの原爆関係の遺留品を残していれば,記録に残っているはずです。

肥料というのは窒素を原料にしており,硫安(硫酸アンモニウム)を製造しますが,火薬の原料となる硝酸アンモニウム(硝安)と化学的にも製造法も似ており,ごく単純に考えれば,硫酸とアンモニアを反応させれば硫安,硝酸となら硝安ということですよね。戦時中は火薬の製造をしていたことは間違いないと思います。

さすがに,チッソのHPにはそう書いてありませんけどね........[雨]

また,ウィルコックスはウラン濃縮のため,大きな電力が必要で,その大電流に耐える電極として白金が必要で,大量に購入していた,と書いていますけど,白金は触媒用でしょう。大電流用の電極なら,普通はカーボンです。

実際,硝酸を作る際にアンモニアを酸化させ,一酸化窒素(NO)を経て硝酸を作りますが,このとき,触媒で白金を使います。高校の化学で確か習ったような......。iruchanは化学嫌いだったのでよく覚えていませんけど......[雨]

ドイツのオストヴァルトが1902年に発明しているので,興南でも使っていたのではないでしょうか。

おそらく,興南の大爆発,というのはこの硝酸アンモニウムが爆発したもので,もちろん,原爆ではない,と思います。ウィルコックスによれば,海上で爆発した,とあるので,わざわざ海上まで大量の硝酸アンモニウムを運んで爆発させたのか,というのは確かに疑問ではありますけど......。

8月9日にソ連軍がソ満国境を越え,進撃してきたので,清津,羅津などの港はもちろん,巨大なプラントがあった興南はソ連軍の標的だったでしょう。

ウィルコックスはソ連軍が日本が製造した濃縮ウランや製造設備を入手し,ソ連最初の原爆の材料にした,と書いていますが,そんなことをするよりも,市川浩著 "ソ連核開発全史" やMichael Dobbs著 "Six months in 1945"にも書いてあるとおり,すでに鹵獲していた,ドイツの濃縮ウランを使う方が容易だったでしょう。

一方,日本陸軍は,撤退前に工場設備を事前に爆破し,略奪されないようにした,と考えるのが自然で,その際,ダイナマイトか,単純に放火したあと,備蓄されていた硝酸アンモニウムに引火,誘爆したというのが興南の大爆発の真相,とiruchanは考えています。撤退時に破壊していった,というのは5年後の国連軍も同様で,長津湖から後退し,この港から,港湾設備を破壊して撤退したようです。

実際,2020年8月4日18時頃に中東レバノンの首都ベイルートで倉庫に備蓄されていた硝酸アンモニウム2750tが爆発し,218人が亡くなり,30万人が家を失った事故は記憶に新しいですが,一部の報道で最初,核攻撃と誤認した,ということからも巨大な爆発で,規模についても,原子爆弾級,と報じられていました。実際,映像を見ると原爆特有の閃光は見られませんが,衝撃波で水蒸気のドームがパッと膨らんで,その後,キノコ雲が立ち上がっていく点はビキニ環礁の水爆実験などの映像とそっくりですね。

ベイルートの爆発は,威力もTNT火薬換算1.1ktくらいの威力があったようで,15ktとされる広島の原爆の威力の1/10くらいはあったようです。港の倉庫に備蓄してあった硝酸アンモニウムの爆発のため,水蒸気のドームが発生していて,興南の爆発も海岸近くの倉庫に備蓄してあった硝酸アンモニウムやその他の爆薬が爆発して,水上爆発と誤認されたのではないでしょうか。

一昨年,父が亡くなりましたけど,戦時中,船乗りをしていたので,清津,羅津にも行ったことがあるはずで,話を聞いておけばよかったと思います。「露助は鴨緑江の発電機まで持って行きやがった」と生前,話をしておりましたけど,ソ連軍の略奪は徹底的で,ベルリンなどでは住宅の水道栓まで略奪していったらしいので,興南の工場機器は格好の標的だったでしょう。

公式には,仁科が戦後,米軍の聴取に対して,5月に理研が破壊され,以後,研究の継続ができなくなった,というのが正しく,また,日本は濃縮ウラン製造設備の試作がかろうじてできるくらいのレベルでしかなく,原料となる天然ウラン鉱石も満足に集めることができず,原爆開発のスタートラインに立つことができただけ,というのが正しい認識,と思います。

ここまではウィルコックスは正確に記述している,と思いますが,研究室でさえ,そんなレベルなのに,興南で朝鮮半島で採掘したウラン鉱石から濃縮ウランの量産製造設備を稼働させ,兵器級の濃縮ウランを製造し,山中の洞窟で原子爆弾を組み立てていた,とは考えられません。また,日本の原爆? はウラン型としていますが,プルトニウム型の研究もしていたとし,興南の近くにある,古土里に日本初の原子炉があった,としています。

プルトニウムは自然には産出しないので,原子炉でウラン238に高速中性子をぶつけて製造する必要があります。

シカゴ大でフェルミが作ったパイル1(CP1)から発展して,ワシントン州ハンフォードで本格的なプルトニウム量産用ハンフォードB炉が建設され,生産されたプルトニウムでファットマンが製造され,長崎に投下されたのは周知の事実です。

日本がそこまでやっていた,とは思えません。

万万が一,もし,確かに "深海の死者" Uボートにより,密かに臨界量の濃縮ウランが日本に運び込まれ,簡単な起爆装置を用いて原子爆弾を作っていたら,ということだけが唯一,残る可能性とは思いますけど......。

とはいえ,ゴビ砂漠でも日本が原爆実験をした,とか,また,広島が標的になったのは,広島に原子炉を含む原爆製造設備があり,トルーマンが破壊を命じたため,という主張になってくるともはや荒唐無稽としか言い様がありません。

満州を日本が支配していたから,といって,ゴビ砂漠は満州国内ではありませんね......。

ノモンハン事件で日ソ両軍が戦闘し,いくら日ソ中立条約がその後成立し,また独ソ戦でソ連が兵力を減らしていたかもしれませんが,日本に対して警戒を怠っていた,とは思えません。警戒の網をくぐって原爆を搭載した関東軍のトラックが夜中,ゴビ砂漠まで原爆を運んでいって実験した,ということが可能でしょうか。たぶん,ウィルコックスはゴビ砂漠は安全な満州領内,と考えているのでしょう。

それにしても誤植や誤記が多いのもいただけない。

前半部分は先にも書いたとおり,それなりに史実に沿っているし,スペインのスパイ・ベラスコの記述などもNHK特集などと同じ内容で,信じるところがありますけど,終始,ジェット機とロケットを混同していて,ウィルコックスは "V-1,V-2のロケット" と書いていたり(V-1はパルスジェット機です),興南の爆発はジェット燃料の爆発だったかもしれないと書いているのですが,ジェット燃料が爆発性と誤認しているようです。ヒドラジンを原料として,と書いているのはジェット燃料ではなく,ロケット燃料で,V-2などの初期の液体式ロケットに多用されました。確かに,興南で作っていたのがロケット燃料で,ヒドラジンと液体酸素が反応して大爆発した,ということも考えられますけど,当時の日本がどちらも大量生産できたとは思えませんね。

日本のロケット戦闘機 "秋水" のモデルとなったメッサーシュミットMe163はヒドラジンとメタノールを使っていたようですが,興南の工場でも製造されていたのかもしれませんが,そんな爆発性の物質を安全に日本まで運べたのでしょうか。

一方,"橘花" のモデルになったジェット機Me262の燃料は詳しくは不明ですが,現在のジェットエンジンの燃料は灯油ですし,当時も爆発性のものではない,と思います。wikiを見ると"橘花" は松根油を使った,とあり,終戦近い時期だとおそらくこのような燃料でしょう。

松根油も灯油も爆発性ではなく,液体の状態なら着火するのに苦労するくらいの燃料のはずです。聞くところによると灯油タンクに燃えたマッチを放り込んでも消えるだけ.......とのことですが,実験するつもりはまったくありません......[雨]

いずれにしても,1945年8月7日に初飛行しているくらいなので,特殊な燃料を大量に製造するどころの話ではなく,興南で大量生産していた,とは考えにくいです。

        ☆          ☆          ☆

病気で入院中,ということもあり,ゆっくり読めましたけど,世界的なポピュリズムの潮流に乗って「日本スゴい」という翼賛番組を天下の国営放送が堂々とやる時代になったり,右翼系の筆者による,恣意的な解釈と扇動的な文章で,安易に過去の検証された歴史を否定する本がベストセラーになったりする風潮は危険だと思います。

ただ,最後に筆者が警告しているように,戦時中の日本や,北朝鮮やテロリストのような,技術的にもレベルの低い国や集団でも核兵器は作れることは確かのようです。

実際,iruchanが中学生の頃,週刊朝日に60万円で原子爆弾が作れる,という記事が出ましたけど,もし,臨界量以上の濃縮ウランが手に入れば,アマチュアでも作れるレベルであることは間違いないようで,われわれもその点,大いに警戒すべきである,という意見には同意します。そもそもウランの臨界量は22.8kgほどで,球だと直径8cmくらいです。プルトニウムだとそれぞれ,5kg,4cmほどです。フォーサイスが "第4の核" で書いていますけど,カバンに入る小型核というのも簡単に作れるようです......[台風]

もっとも,プルトニウムだと持っているだけで死に至るそうなので,プルトニウムではテロは無理だと思いますが......。


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市川浩著 "ソ連核開発全史" [海外]

2022年1月13日の日記

ソ連核開発全史s.jpg

今日は13日の金曜日です......[台風][台風]

と言うわけではないですが,ちくま新書の "ソ連核開発全史" を読みました。先週の日経の書評に出ていて,面白そう,と思いました。

iruchanが子供の頃,まだ冷戦真っ盛りで,いつか,iruchanの頭上にソ連からミサイルが飛んでくる.......って思っていました。

実際のところ,世界はいつ,そうなってもまったく不思議ではない状況で,ソ連からの情報と言えば,不鮮明で不気味な冬のクレムリンの映像に始まって,これまた不機嫌そうな態度のブレジネフ書記長が訳のわからない言葉で西側を非難して脅している演説だし,お隣の中国も毛沢東が健在で,こちらも似たような映像のニュースばかりでした。技術が低いのか,どちらも不鮮明で画質の悪い映像なのも不気味さを増大していました.....。

かと思うとヴェトナムでは連日,空爆のニュースが出ていて,ニクソンや,今も覚えていますけど,マクナマラ国防長官がまた,不機嫌そうにヴェトナムの戦況を伝えている,という状況でした。マクナマラが広島,長崎に原爆を落とす計画を推進した一人,ということはiruchanも子供ながらに知っていました。

中東では毎年のように戦争が続いていて,なにより片眼のイスラエル国防相だったダヤンがチョー怖かった......。

フランスはまだド・ゴールが健在で,ダヤンもそうですけど,ド・ゴールもいつも軍服を着ていて,もう,ずいぶん経つのに,まだ第二次世界大戦真っ盛り,という感じで,「こいつ,いつまで戦争してんだよ」って思っていました......[雨]

そういや,隣のスペインには独裁者フランコがいて,iruchanは彼の死亡記事(1975.11.20)を覚えています。

と言う子供時代を経験しているので,この本は読んでみたい,と思いました。

さすがに,この広島大学にお勤めの先生があとがきに「卒業論文として書いた」と書いているように,旧ソ連の核開発の概要を一冊の本にまとめた労作で,驚くべきことに昨年2月のロシアのウクライナ侵攻まで記述してあり,最新の情報が出ています。

ソ連は,第二次世界大戦末期,ドイツ侵攻時にナチス・ドイツの核施設を接収し,大量のウラン鉱石や濃縮ウランの他,各関連設備や科学者,従業員を連行したことで知られています。

このとき,本書ではどこで接収したかは書かれていませんが,粗精製ウランを100トン接収した,と書かれており,以前読んだ,Michael Dobbs著 "Six months in 1945" には,ベルリン近郊のAuer社の工場に1,000トンの濃縮ウランが残っていた,と書かれています。本書は量が違いますけど,大量に原爆の原料を入手していたのは間違いないようです。

一方,アメリカのロス・アラモス研究所にもスパイが潜入していて,アメリカの核開発の状況はスターリンは手に取るようにわかっていた,ということも知られています。広島への原爆投下も,実行される日まで知っていたらしいです。

しかしながら,従前,よく言われるように,ソ連の核兵器はアメリカに潜入したスパイのもたらした情報に基づいて,いわばアメリカの知識と技術を窃取したものだ,と言うのは誤りである,と指摘しています。

至極当然の見方ではないでしょうか。スパイがもたらす情報というのはあくまでも断片でしかなく,原子爆弾が製造できるノウハウの仔細にまで至るものではないでしょう。

        ☆          ☆          ☆

1939年2月,ドイツのハーンと学生のシュトラスマンが核分裂の論文を発表し,各国が原爆の開発を開始します。

そもそも,ウランの原子核に中性子をぶつけると原子核が分裂し,その際に膨大な熱が出る.......なら,爆弾ができるじゃないか,と科学者が考えてしまうのは当然の帰結かもしれない,と想像しますが,その後の世界を考えるとあまりにも残念な着想だと思います。本当に,このとき,人類はまさに "パンドラの箱" を開けてしまったのだと思います。

もっとも,ハーンは化学者で,ウランに中性子をぶつけたらバリウムが検出された,どうしてこうなるのか,理由がわからない,ということでかつての同僚だったリーゼ・マイトナーに手紙を送り,原子物理学の学者だったマイトナーは原子核が分裂したことを直感し,甥のフリッシュと解析して,その事実を証明します。

ハーンとシュトラスマンは1944年にノーベル物理学賞を受賞しますけど,マイトナーは授賞されていません。

本書には書かれていませんが,彼女がユダヤ人で,スウェーデンに亡命後も定職がなく,毎日なんとか食いつないでいた,というくらい冷遇されていたのも,また,ノーベル賞委員会も彼女がユダヤ人であり,女性であることから選考から外したらしく,人種差別,女性差別ではないかと指摘されています。また,何故に戦時中に授賞する必要があったのか......戦後,広島・長崎への原爆投下後になっていたら,ずいぶん変わっていたのではないでしょうか。また,もちろん,当然,マイトナーとフリッシュは授賞されるべきです。

ハーンはアーリア系,と言うことからか,ドイツに戦時中も残っていたし,そもそもノーベル賞の受賞が1944年ということなので,ナチス・ドイツも彼の受賞を傍観し,原爆の開発を軽視していた訳ではない,と思います。ハイゼンベルクもドイツにいて,彼がソ連の手に渡る前にアメリカが彼の身柄を確保するのですが,一般に,ナチスは今次大戦の終結までに原爆は完成しない,と考えて原爆開発に莫大な経費を使って注力していた訳ではない,というのは事実としても,ナチスが原爆を手にするのも時間の問題,だったように思います。

ソ連では,科学アカデミー内に研究チームを設け,原爆の研究がスタートします。

1944年にはモスクワにサイクロトロンが完成し,核分裂の実験ができるようになるのですが,マンハッタン計画とは比べものにならないくらい,小規模な研究体制だったようです。

しかし,1945年8月の広島,長崎への原爆投下を契機に研究を加速し,最初の原子炉Φ-1(F-1)が1946年12月に臨界を達成します。

このΦ-1炉の写真が載っているのも驚き。

1942年12月に臨界となったフェルミが作ったシカゴ大学のパイル-1はそれこそ,黒鉛のブロックを積み上げて初期のピラミッドみたいな形にしただけで素朴な感じがするのと異なり,こちらはかなり本格的で,黒鉛の角棒の真ん中に丸い穴を開け,そこにウランの燃料棒を挿入する,と言う構造で,のちのチェルノブイリ原発につながる本格的な原子炉です。

すぐにプルトニウム量産用のA-1炉を完成させ,1949年8月29日にセミパラチンスク実験場で,PдC-1(RDS-1)原子爆弾が炸裂します。

この爆弾の威力が不明なのですが......。写真も載っていて,TNT火薬換算で20ktとされる長崎に投下されたファットマンとそっくりなのは驚きます。

一応,ネットに出ている情報では,威力は22ktだったらしく,ファットマンとほぼ同じです。やはりこのあたり,アメリカに潜入したスパイの情報なのか......。

一方,広島型のウラン型原爆であるPдC-2は1951年9月24日に実験されました。アメリカと順番が逆なのが興味深いです。こちらもネットの情報ではTNT火薬換算で38.3ktだったようですが,広島のリトル・ボーイが15ktだったようなので,倍以上の威力があったことになります。

要は,北朝鮮の原爆もそうですが,黒鉛型原子炉は天然ウランが使用でき,かつ,このタイプの原子炉を使うと,燃料棒中にウラン238が変化したプルトニウム239が蓄積され,あとは化学的処理で比較的,容易にプルトニウム239が得られるのに対し,ウラン型原爆は天然にはほとんど存在しない,ウラン235の濃縮が必要で,こちらの技術開発に手間取った,と言うことなのでしょう。

もっとも,プルトニウムは核分裂反応が速く,起動時には一度,爆縮と呼ばれる過程が必要で,全プルトニウム塊に核分裂の連鎖反応が行き渡るまで,固体を維持する必要があります。そのため,通常火薬による点火装置の機構開発が大変で,アメリカもトリニティサイトで事前に実験したのもその理由ですし,北朝鮮の最初の核実験(2006年10月9日)がアメリカの報告では失敗,とされているのも,十分にプルトニウム塊が核反応を起こしていなかったため,のようです。

ちなみに,広島に,事前に試験をせず,一発勝負で濃縮ウラン型爆弾を投下したのはアメリカもよほど自信があったのだろう,と思います。広島では失敗が許されないので,ウラン型を使用し,長崎では,別のプルトニウム型を使った,というのは実際に現地で実地試験をしたのだ,と思っていますし,なによりスターリンに,「オレは2種類も持っているぞ」というデモンストレーションであったはずです。だから,一発目は絶対に失敗が許されず,確実なウラン型を使ったのでしょう。のみならず,それ以前に,もはや戦争遂行能力なんて残されていない日本に,追い打ちをかけるように,わざわざ原爆を落としたこと自体,スターリンに対する強烈なメッセージが目的だったのだ,と考えています。

        ☆          ☆          ☆

この本のおかげで,旧ソ連の核開発の概要がよく理解できました。新書,と言う形態のため,図が小さくて見にくいのと,チェルノブイリの原発事故について,紙幅の制限があったのでしょうが,もう少し知りたい,と思いました。

それにしても旧ソ連の核開発の状況がよくわかりました。最新の研究成果も載っていて,良書とはまさしくこの本のことです。皆さんにお勧めします。


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Richard Rohdes著 "Energy: A Human History" [海外]

2021年9月4日の日記

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Richard Rohdesの "Energy: A Human History" を読みました。地球環境問題が極めて重大な段階に来ていることが誰の目にも明らかな昨今,我々人類がどのようにエネルギー源を求めて来たか,400年間の歴史をまとめた本で,歴史を振り返るには絶好の本だと思いました。

すでに邦訳もでていて,タイトルは ”エネルギー400年史: 薪から石炭、石油、原子力、再生可能エネルギーまで” として草思社から出ています。原書が2019年6月で,邦訳が7月ですからほぼ同時に出版されていますね。日経の書評で見つけました。

ただ,邦訳が税込み4,180円もするので,研究者じゃなければおいそれと買えませんね.....。

amazon経由で買いましたけど,amazon直販より安い,マーケットプレイスで出ている英Book Depositoryで1,668円でした。ここ,最近amazonに買収されちゃったようですけど,amazonより安いし,しおりをつけて送ってくれるのがいいです。また,洋書買ったのに国内から送られてくるamazonより,ロンドンから送られてくる方がいいじゃないですか.....といって多少,日数はかかりますけどね。

内容は圧巻。人類が長い封建制の時代を経て,近代工業化の道を進み始めた16世紀以来のエネルギー源の変遷を細かく記述しています。さすがに,同じ筆者の "The Making of the Atomic Bomb" はピュリツァー賞を受賞していて,評価の高い筆者ですけど,さすがにこの本は800ページを超えるのでちょっと読めません....。

エネルギーを動力,照明,そして原子力の3分野に分けて詳述しています。

もちろん最初のエネルギー源は木。

しかし,最初に工業化の道を歩み始めた大英帝国はすぐに国内の木材を使い果たしてしまい,世界を支配するための軍艦の製造に必要な大きな米松の木が手に入らなくなってしまいます。もちろん,家庭では暖房に木を使っているし,軍艦に必要な鉄の製造にも木を使っています。新たな熱源を探さないとそれこそ,木がなければ帝国はおぼつかない....と言う状況になっていきます。

もともと,石炭はローマ人がいた時代から英国では使用されていたようですが,本格的に採掘されるようになったのはやはり木材が枯渇したから,のようです。次第に炭鉱が開発され,どんどん,深くなっていくと地下水を排水する必要が出てきて,最初は馬,のちにPapinやSaveryが発明した蒸気ポンプが発明され,これらの手動式の弁を自動化しようとしてNewcomenが蒸気機関を発明し,さらにこれらは大気圧機関であるため大きく,効率が低いのでWattが蒸気圧を利用する高効率蒸気機関を発明し,さらにTrevithickが蒸気機関車を発明する.....と言うことにつながっていくわけです。

残念ながら,Trevithickは天才だったと思いますが,筆者も書いているように,生まれたのが少し早すぎたと思います。鋳鉄のレールは壊れやすく,せっかくの彼の発明も活かしきれなかった訳ですね。彼は困窮のうちに1833年に死にますが,英国の鉄道はすでに開花し,各地に敷かれるようになっていました。

SaveryやPapinの蒸気ポンプはiruchanも子供の頃,図鑑で見たので知っているのですが,残念ながら,本書には絵がありません。また,ニューコメンの蒸気機関は図があり,また可動する実物がバーミンガム近郊のDudleyと言う街で保存されているらしいので,見に行きたいと思っています。実際,ニューコメンの機関がダメだったのは大きすぎたから,というのがあるのですが,実際,このGoogleマップの写真を見ても,家1軒占領してしまうくらいだから,とても蒸気機関車なんてできない代物ですね。でも,博物館は休業中。コロナのせいかな.....orz。

照明の歴史も面白かったです。

iruchanお気に入りの英国ドラマ "女王ヴィクトリア" で女王役のジェナ・コールマン(チョ~~かわいい[exclamation])が文句言っていましたけど,ロウソクは上流階級は蜜蝋と決まっていて,匂わないのですが,中産階級は動物の脂を使った獣脂ロウソクで,たまに宮殿でもこれを使ったようです。一方,庶民はrushとよばれる灯心草の灯明?ですね。油は亜麻仁油やクルミの油の他,rapeというので,これは日本と同じ菜種油のようですが,他には魚の肝の油だそうですから,臭かっただろうな,と思います。

その後,Murdockが石炭を乾留してガスを作り,ガス灯を発明します。1792年にコーンウォルの自宅の照明に使いますが,特許を取らなかったため,大儲けした,と言うわけではなさそうです。1813年には最初のガス灯会社Gas-Light and Coke Companyが成立し,ロンドンのウェストミンスター橋がガスで点灯されます。

一方,アメリカでは映画 "白鯨" にも出てくるように,鯨の脂で,マッコウクジラの頭の脂が最高級品で,体脂肪を溶かして固めたものは庶民用だったようです。映画では鯨の皮を煮て樽に詰めるシーンしか出てきませんけど,頭部の油が本当は目当てだったようです。ちなみに英語ではマッコウクジラはsperm whaleと言うのですが,もちろん,spermとはのことです.....。

ついでに,シロナガスクジラは英語ではblue whaleと言います。なんや,それ。

彼らは北大西洋の鯨は取り尽くし,遠くホーン岬を超えて太平洋にまで来て,挙げ句の果て,ベーリング海峡で海氷に閉じ込められて遭難する船まで出てくるわけですが,1853年,ペリーが日本に来たのも,捕鯨船への補給が目的でした。

意外なことに捕鯨が衰退するのは南北戦争の結果とは知りませんでした。南軍が北軍の捕鯨船を片っ端から攻撃したためのようです。

そのうち,ペンシルヴェニア州のOil Creekと言う街で油田が発見され,灯油が灯りとして使われるようになり,急速に捕鯨も衰退していきます。実は,ペリーが来た頃には最盛期を過ぎており,本書によると捕鯨のピークは1846年で,そのとき,捕鯨船は722隻をピークに急減していきます。明治維新にもなると石油が取って代わっているようです。一体,彼はなにしに来て,結果として本来の目的とは異なる大混乱をもたらしただけだったのか....。

その後,電気が登場するのですが,ナイアガラの水力発電所の建設のところは面白いです。もちろん,Westinghouse社が交流の発電機を用い,Stanleyが発明した11,000Vという高圧送電を実現し,遠く,ニューヨークまで送電されるわけです。

原子力の開発のところが歴史編の最後になりますが,フェルミがシカゴ大に建設したパイル1の図も出ていて興味深いです。また,iruchanも長年疑問に思っていたのですが,なぜ初期の原子炉やロシア,北朝鮮の原子炉がグラファイト(炭素)を減速材として使っていたのか,ナチスが原子炉用に重水を蓄積していたのか.....この本で理由がわかりました。

天然ウランを原子炉で使う場合にこういうシステムが必要なんですね。

天然ウランはウラン235を0.07%しか含まないため,高速中性子はウラン238が吸収してしまい,自身はプルトニウムに変化するのですが,核分裂反応を起こさないため,核分裂反応を起こすウラン235を核分裂させるには十分に低速の中性子が多数必要となるのですが,軽水ではウラン235に必要な速度まで減速できず,連鎖反応が起こらないから,のようです。とはいえ,軽水炉では3%程度のウラン235の濃度が必要なのでウラン濃縮が必要になるわけです。

最終章は今後の展望になっています。

ピッツバーグの南にある,ペンシルヴェニア州Donoraと言う街を襲ったスモッグの被害の話は驚きました。

1948年のハロウィーンの夜,硫化物を含んだスモッグが街に滞留し,60人が死亡しました。

Monongahela川の蛇行地点の突端にあり,三方を山に囲まれた地形が災いしたようです。実際,今は便利な時代で,Googleさんが現地の地図や航空写真を見せてくれるので,この辺の状況はよくわかります。USスチールの子会社がここでワイヤーを作っており,その工場の排煙が原因のようです。似た事件は1930年,ベルギーのリエージュでも発生していて,やはり60人が亡くなっています。

化石燃料を使い続けるとどうなるか.....公害の原点のひとつとも言うべき事件を紹介したのは歴史の教訓としての意味合いでしょう。

そういえば,歴史の教訓という意味では自動車のところで,ガソリン自動車が世界を席巻した経緯が明らかになっていますが,そもそも1920年まで,電気,蒸気,内燃自動車の3者がほぼ拮抗していたのに,その後,内燃自動車が独占してしまうのは,石油の発見によりガソリンが容易に手に入るようになり,価格面でも供給面でも他を圧倒したから,です。

そもそも内燃機関は速度0からスタートできないのでエネルギーのムダが多いし,クラッチやギアなどの部品が多く,また,ノッキングの問題もあり,この解決のため,四メチル鉛の添加が考案されるのですが,この環境への影響も自動車の普及のため,無視されました。もし,このとき電気自動車が勝利していたら.....世界は大きく変わっていたでしょう。

内燃自動車はこうして,決して優れた交通システムではないのに,世界を制覇したのはフォードやスタンダード石油など,自動車,石油産業が結託して他を排除した結果でもあります。これからEVやFCVなど,自動車の将来を決める上でも,経済的合理性の追求のみならず,まさに強欲とも言うべき資本主義的要因を十分に警戒すべき課題のだと思います。それに,米国の石油が枯渇したから,といってサウジアラビアなど中東に目をつけ,長年にわたって欧米系の石油会社が利権を争い,この地域の民主化の遅れや政治的不安定の原因ともなっているのは憂慮すべきです。

最近,話題になっているイタリアの物理学者Marchettiが1972年に作成した,産業革命以降のエネルギーの推移のグラフが興味を引きます。木や石炭,石油,原子力の使用量を縦軸が対数軸として%で表示したもので,各エネルギー源の盛衰がよくわかります。

一方,さすがにこれは古くなっており,とくに1980年代以降,オイルショックで産油国の価格統制力や発言力が高まったせいで大きくグラフがずれてきている,と言うことを指摘しています。いまだに石油はピークアウトしていませんし,石炭も下降していたのがほぼ水平になり,現状維持となっている,と言うわけです。

また,将来は再生エネルギーがこのグラフに出てきませんが原子力がまだ21世紀中は主力のエネルギーとなるようです。安全性や廃棄物の点で課題があるのは承知していますが,より安全な軽水炉やトリウム炉が開発されていますし,将来もやはり原子力を利用すべき,と考えています。特に日本では風力は難しいし,太陽光は昼間しか発電しない上,山岳地が多い日本では土砂崩れの原因ともなり得るし,自然破壊にもつながると思います。

筆者は少し最後の方で風力にも触れていますが,将来はどうなるか,明確に記していません。このあたり,ちょっと残念ですが,過去400年のエネルギーの歴史を概観するのに非常によいテキストであると思いました。



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Graham Allison "Destined for War: can America and China escape Thucydides’ Trap?" [海外]

2021年8月10日の日記

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グレアム・アリソンの ”米中戦争前夜” の原書です。邦訳はとても話題になりましたね。原書も邦訳も2017年の出版なので,少し時間が経っています。それにしても,同じ年に邦訳まで出るなんて,この手の本は訳が早いですね~~。

世界史で習った,古代ギリシャのトゥキディデスの罠について,ペロポネソス戦争に始まってスペイン,ポルトガルの対立やスペイン継承戦争やナポレオン戦争を経て,第1次,第2次の世界大戦に至るまで,覇権国と挑戦国の間の対立の経緯や,結末を検証しているのは有名です。

正直,iruchanは共通一次(古~~~っ!)で理科系なのに世界史を選択したくらいで,世界史が好きなのですが,古代ギリシャやローマは苦手で,少々,前半部分は退屈です。しかしながら,アテネとスパルタの対立は今の米中対立とまったく構図は同じで,ペロポネソス半島やエーゲ海に覇を唱えたアテネと,それに挑戦する新興のスパルタの関係は,世界を実質支配している米国と,急速に経済発展し,利益を蓄えて軍事力を強化している中国の関係はまったく同じだ,というのには驚かされます。人類は2000年経っても進歩していないのだな,とある意味,呆れると同時に感心する,と言うのが読後の感想です。

過去の対立の16件を最後の章でひとつずつ検証しています。

残念ながら,平和裏に解決したものは4ケースしかなく,それも覇権国の圧倒的な力により押さえつけたと言う場合がほとんどなのは残念。15世紀のスペインとポルトガルの対立がローマ法王の仲介で平和裏に解決した,と言うのは唯一のケースなのかもしれません。

とはいえ,この解決は我々日本にとっても関係がある,彼らが平和裏? に世界を分割する(トルデシリャス条約1494年)ことを勝手に決めただけの話であって,覇権者と挑戦国がお互いに都合よく世界を分割して利益を分配し,支配権を認めただけ,と言うのは今のヤルタ体制と同じ,という気がします。

蛇足ですけど,種子島に来て鉄砲を伝えたのがなんでイギリス人やオランダ人じゃなくて,ポルトガル人,というのは世界史を勉強してないとわかりませんね。

後半部分はずっと米中対立の経緯と処方箋を書いているのですが.....。

正直言って,どう解決するのか,というのはよくわかりません。なんか,ゴチャゴチャといろんなことを書いているのですが,結論部分がず~~っと長くて,なにを言いたいのか,よくわかりませんでした。もう一度,読み直してもわからない,ような気がします。

と言うより,むしろ,解決策がない,というのがアリソンの本音なのかもしれないと考えるとゾッとします。

実際,読んでみても,いち早く産業革命を成し遂げ,強大な海軍をもって海上輸送を支配し,植民地に配置した海軍基地で周辺の制海権を握って世界を支配した大英帝国と,19世紀後半の統一以後,急速に社会や産業の改革を進め,世界に対する経済的影響圏の拡大を背景に大英帝国に挑戦したドイツの対立は2回の大戦争につながるわけですが,この構図は今の米中対立と同じであり,今後も状況が変わらないように思えるのは残念です。

アリソンが明確にしていないのが,覇権というのは主としてこのような技術の覇権によるものであり,特に製造業の技術革新が国力に結びついているという指摘がないのは残念です。この辺,アリソンは政治学者で,理科系じゃないからではないか,と思います。

特に,19世紀後半,英国の製造設備が老朽化し,労働者の権利意識の向上からストライキが頻発し,コストが上昇したのが大英帝国の衰退に結びついているわけですが,このあたり指摘していません。一方で,後進国であったドイツが急速に進歩したのも,急速に機械産業が勃興し,最新の製造設備をそなえた上,人口増大に伴って安価な労働力を活用して大量生産に成功したからではないでしょうか。明治の日本も同様です。また,戦後,しばらく経ってから米国の覇権が揺らいだのも,日独がまた再起動し,製造設備を一新して強力な製造業を復活させたからで,米国の覇権が揺らぎはじめたのも1970年代以降であって,今に始まったことではない,と思います。

その点,中国は旧ソ連の蹉跌を非常によく勉強した,と思います。

ソ連はやはり,イデオロギー対立に終始し,自国および同盟国の政治的安定を優先し,ブロック経済化を進めて,西側との交流を絶って事実上,鎖国したことにより,技術的にも経済的にも時流に乗り遅れ,体制が自壊した,と思います。

その点,中国は経済的には自由化,国際化を推し進め,強引とも思える手法で製造業の確立と販路の拡大を図って,利益を拡大し,さらに,世界のサプライチェーン上に中国が必要不可欠となる体制を作り上げて利益の還流を進めるとともにユーザが中国にはものを言えなくなるように仕向けています。

技術の覇権,それをバックアップする製造業が極めて重要であることをよく学んだのだ,と思います。また,製造業が儲けたカネを軍事費に投入して世界を力によって支配しようとしていることは誰の目にも明らかです。

アリソンはこう書いてはいないのですが,やはり,国力というのは製造業の力にあると思います。明治の富国強兵という政策は今世紀では当てはまりませんが,国力=製造業と考えていたのはあながち誤りではない,と思います。現代では,製造業で儲けたカネを軍事費に投じたり,領土的野心を抱いてはいけない,というのは歴史の教訓であるとともに,世界の常識と思うのですが,中国やロシアの戦略はまるで19世紀ですね.....。

製造業がやはり極めて重要であると同時に問題でもあり,日本やドイツのように経済的利益を追求するにとどめ,軍事的投資をしない体制が必要ですが,中国はそうではありません。

そもそも,この本にあるとおり,サッチャーがドイツの再統一に反対した,と言うくだりはまさにその通り,と思いました。サッチャーが反対したのは,再びドイツが欧州を支配するようになる,と言う危惧でした。現実のEUはまさにドイツ第4帝国だと,iruchanは以前から思っていましたし,アリソンははっきりと,現在のドイツはヒトラーよりも広範囲に欧州を支配していると書いています。

         ☆          ☆          ☆

結構面白い本でした。と書くまでもなく,多くの人が読んだ本だと思います。

最後にあといくつか,感想を書いておきたいと思います。

台湾や尖閣への攻撃についても書いているのですが,いずれも台湾や日本の防衛力は弱く,人民解放軍の前に屈服する,と書いています。

まあ,彼我の軍事力を見れば,それこそ火を見るより明らかな結論だとは思いますが....。

ただ,アリソンも書いているように,台湾侵攻と尖閣攻撃はセットである,と考えた方がよさそうです。台湾への軍事侵攻時に嘉手納などの米軍基地が邪魔になるのは誰でも考えることですし,米軍が台湾侵攻を阻止しようとすれば沖縄の米軍基地が最前線になり,中国が沖縄の市街地を火の海にする可能性は極めて高いという指摘は恐ろしいですが,あり得ることでしょう。

台湾侵攻時に沖縄も攻撃する覚悟があるならば,ついでに尖閣を占領することは訳ないことでしょうし,日本が屈服すれば米軍のみ戦う,ということはないでしょうから,そうなると沖縄まで中国領,ということになることを危惧しています。中国は第2列島線(伊豆諸島~小笠原~グアム~パプアニューギニア)までを勢力範囲とする意図は隠していませんしね.....。

アリソンの予言を裏付けるかのように,米海軍高官が2027年までに台湾侵攻があり得る,と証言したのは,日本にとっても実に恐ろしいことだと思います。

最後に,日本については,今の製造業を大切にしようとしない政治には失望を禁じ得ません。日本の長年のデフレも,製造業を大事にしていないのが原因かと思います。それに,日本の製造業自身も,過去の栄光と目先の利益確保に目を奪われ,IT化やデジタル化に進んで取り組み,将来のメシの種を作ろうとしていないのはまさに自滅行為だと思います。

もうひとつ,原書で読んでいて,結構,"?" がつくような英文が目立つように思います。同じ文章で,途中で結論が変わってしまっていたりして,意味がわからない文章が多い感じです。これなら邦訳を読む方がマシ,と言う感じです。

この本をアリソンがどう書いたのか,わかりませんが,新聞か雑誌に連載するような記事をまとめたのか,という気がします。どうにも校正というか,文章の読み直しをしていない,雑な文が目立つような印象を受けました。



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キャサリン・バーデキン著 “鉤十字の夜" [海外]

2020年9月19日の日記

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第2次世界大戦で枢軸側が勝利していたらどうなっていたか......。

こういう歴史とは異なる設定の小説は歴史改変小説と言うそうですが,結構面白いですね。また,その予想される結末として,全体主義の勝利による人権無視,強圧的政権の支配による監視社会の到来というのは実におそろしいことです。

以前も,ロバート・ハリスの "ファーザー・ランド" やレン・デイトンの "SS-GB" を読みましたけど,特に前者はとても面白かったです。どちらもTV映画化されているらしいので,見てみたいです。

この小説もそれらの歴史改変小説のひとつで,今年初めに水声社から出版されました。原題は "Swastika Night" です。ナチスの鉤十字はHakenkreuzというのはドイツ語で,英語ではswastikaです。

出版されたとき,日経の書評で読んで,読んでみたい,と思っていました。

そもそも,この小説,他のナチス関連の歴史改変小説とかなり違っていて,原著の出版が1937年で,しかも作家は女流で,英国人とのこと。

まだ,日米間はもちろん,欧州でも戦争は始まっていませんが,英国の敗戦を予期し,ナチスドイツが支配する欧州を舞台にしている,ということが年始の話題になっていました。

英国がドイツに負ける,という悲観論は第2次世界大戦の前に広まったわけでなく,すでに19世紀末の,繁栄を極めたヴィクトリア朝の時代からであったことはよく知られています。

以前読んだ,クリストファー・クラークの "夢遊病者たち" にも,20世紀に入る前にはドイツのGDPはすでに大英帝国をしのいでいて,ライプチヒ生まれで母や妻がドイツ人で,ドイツ通だった英外務省の官僚であったクロー(Eyre Crowe,1864~1925)が1907年1月に出版した,"英国と今日の仏独関係に関するメモ"(”Memorandum on the present state of British relations with France and Germany“)においても,いずれ英国は政治的にも軍事的にもドイツに敗北する,という警告がなされています。文化人もサキなどが英国の敗北を予感した小説を書いていますね。

とはいえ,この小説はやはり異質で,作家自身が女性だと言うことがわかったのは1980年代のことらしく,出版時は男性名(Murray Constantine)になっていて,後の英文学研究者が当時の出版関係者を調査して判明したらしいです。彼女はドイツの英国侵攻を予想し,子供を守るため,偽名を使って小説を出版した,とのことです。

ところが,どういうわけか,Amazonでもマーケットプレイスの商品でAmazon直販じゃありませんし,すでに古本として売られていて,手に入りません。しかたないので,近くの図書館で,それもずっと誰かが借りていて,なかなか借りられなかったのですが,ようやく借りて読むことができました.....orz。

     ☆          ☆          ☆

”ファーザー・ランド” などの小説の舞台が1960年代くらいなのと異なり,舞台は27世紀。ヒトラー暦(!)720年,ということからも,冒頭から何か異常なものを感じます。

そのほか,とにかく不思議なことばかり。奇書,というのがやはり読後の最大の感想です。

そもそも,"ファーザー・ランド" や,"SS-GB" では第2次世界大戦にどうやってドイツが勝利したか,というのが書かれていますが,本書は一切書いていません。

まあ,執筆されたのがこれらの小説と違って開戦前,というのがあるにせよ,ドイツがいかにして欧州とアフリカを支配したか,ということはまったく触れていません。

一方で,日本は対米戦に勝利し,アジア,オセアニア,南北アメリカを支配しています。

日独は仲が悪く,実際に戦火を交えた時期もあったようですが,いまは休戦し,緊張があるものの,一応の平和が保たれている,と言う状況のようです。

しかし,読者にとっても正直,アジアや日本の状況はどうでもよい,という感じです。そこには恐るべき欧州の実態が描かれています。

総統が支配する神聖ドイツ帝国が欧州を支配し,属国の英国人である飛行機エンジニアのアルフレッドが主人公です。

驚くべきことに,彼はエンジニアなのに,うまく字が書けないし,それどころかドイツ人の友人のヘルマンは字が読めません。一体どういうこと.....????

それに,27世紀なのに,飛行機がまだ空気力学的に飛んでいる,というのも信じられないのですけれど.....その頃には何らかの反重力装置が開発されて,UFOみたいに飛んでいるんじゃないの,とiruchanは予想しているのですが,フツーの飛行機のようですし,それどころか動力源はエンジンで,それもまだレシプロエンジンのようです.....。かと思うとラジオは真空管式だし,まあ,1937年という時点ではトランジスタはまだ影も形もないし,小松左京がTV電話をブラウン管式と書いているように,さすがにSF小説家も想像力が及ばず,未来が完全に予見できないのは仕方ないのかもしれませんが,それを除外しても,何か変な社会です。

おまけに社会もとんでもない社会になっていて,完全に男性優位の社会になっていて,女性は強制収容所に隔離され,生殖以外の社会的役割を持たされていません。男の子は生まれて6週間後には隔離され,別に育てられる,という社会だし,ヒトラー暦という名前からもわかるように,あらゆる面でヒトラーが神格化され,ヒトラー教なる宗教が国是となっています。彼は出産により生まれたのではなく,突然現れ,ドイツ人を指導した,ということにされています。キリスト教が迫害され,キリスト教徒は動物以下とされて,ゲットーで暮らしている,と言う状況です。

支配階級も変で,エリートは騎士と呼ばれ,広大な領地を所有し,裁判権まで有しています。

まるで中世のような社会になってしまっていて,とてもこれが未来の世界とは思えない状況が描写されます。

はっきり言ってトンデモ小説だと思ってしまうのですが,意外に面白く,途中で止めてしまおう,なんて思いませんでした。よく言われる,Page Turnerであることは確かです。

こういった社会になってしまった理由は,枢軸側が戦争に勝利した経緯と同様,なかなか明らかにされません。要は,ヒトラー主義の確立に伴い,歴史をドイツ人の都合のよいように改変し,一切の過去の歴史の痕跡を取り除くべく,ありとあらゆる書物を焼き,絵画や歴史的建造物を含む歴史上の遺産を破壊し尽くしてしまった結果,というのが理由のようです。

まあ,おそらくそう言う状況だから,国民は字が読めないし,また,過去の歴史についてはまったく知りません。技術についても過去の知識の蓄積なわけですから,技術も退化した,ということなのでしょう。

そうした中,アルフレッドはひょんなことから一人の騎士に出会い,彼は先祖が記した歴史書を密かに所有していて.....というのがこの本のヤマ場です。

     ☆          ☆          ☆

ただ,それにしても読んでいる途中でも既視感を覚えました。

はるか未来なのに,文明が退化し,中世のような社会......なんてナウシカの世界ですよね。

じゃ,核戦争でも起こって世界が破滅したのか,と思ってもバーデキンは書いていません。ナウシカだとそれを思わせる火の7日間戦争,というのが出てきますけど.....。まだ原子爆弾なんて,想像の範囲外だったのでしょう。この本は原書でも今まで,ほとんど知られていない小説だったので,さすがに宮崎駿さんは読んでいないと思います。

思想の統一,世界の全体主義による分割支配,創始者を神格化する新宗教の観念の確立,異端者の迫害,歴史の改変.....というのはジョージ・オーウェルの "1984年" ですよね~。

そう思って読んでいたら,訳者もあとがきでそう指摘しています。オーウェルの1984年は出版が1948年で,バーデキンより後なので,オーウェルもこの小説を読んだのではないか,と書いています。主人公が最後に破滅するのも同じです。

それに,本が政治的に抹殺される.....なんてレイ・ブラッドベリの "華氏451度" ですよね。

iruchanはこれはトリュフォーの映画(1966年)でしか見たことがなくて,小説の方は読んでいないのですが,出版は1953年なので,こちらもバーデキンからヒントを得たように思います。 

オーウェルの "1984年" を読んだときでもそう思いましたけど,隣の赤い巨大な国を初めとして,世界中で人権を軽視した強権的な政治手法がはびこり,世界がどんどん右傾化して社会の進化が止まったというより退化しつつある,21世紀の今日,改めて読むべき小説だと思いました。


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Disney "Frozen II" 小説・アナと雪の女王2・英語版 [海外]

2020年5月18日の日記

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ようやく,"Frozen II" を読み終えました。3月に映画 "アナと雪の女王2" を遅まきながら見たばかりです。やっぱり,ストーリーは難解で,iruchanは2回見に行きました。それでも,よくわからなかったし,なんと言っても,どうしてもあのエンディングにはちょっと納得できないんですけど,それ以外はとても感動して角川文庫の邦訳を読んだところです。

というところで,今度は原書を....と,思ったのですけれど.....。

まあ,ストーリーは日本語版とまったく同じですから当然,先ほどのリンク先のブログをご覧いただくとして,今日は英語のことを書きたいと思います。

まあ,そもそも副題がThe Junior Novelと謳っているのですが.......。

正直,とんでもないです。

日本の高校生レベルじゃ,とても読めない内容です。まあ,映画を見ていれば,本の方は忠実に映画に沿って書いてあるので,問題ないんですけどね.....。”アナと雪の女王” の場合は映画が先で,本があとですからなおさらです。でも,普通はこの逆で,映画は原作と違う内容,と言うことも多いので,もっとむずかしいわけですね。

iruchanは英語を勉強しているので,本ブログでも書いていますが,日本語訳があるものはできるだけ,ペーパーバックを読むようにしています。実は,昔はまったくそうじゃなかったんですけど,今はamazonあたりでペーパーバックも安く手に入りますし,日本語版よりたいていは安いですしね。

実際,この本は今日現在,amazonで1,016円ですが,iruchanはAbe Books経由で送料込み$5でした。

とはいえ,文学作品の洋書は普通は避けることにしています。

というのは,やはりむずかしい,と言うこと。

今回の "Frozen II" もそうでしたけど,文法は高校生レベルでOKとしても,とにかく単語がむずかしい。いくら,Junior Novelと言ってもやはり文学作品は手強い,という認識を改めてした,と言う次第です。

iruchanがいつも読むのはノンフィクションの歴史や戦争もの。また,一応,iruchanはエンジニアなので,工学関係の技術史関係のものが多いのですが,こういう本は,単語は専門用語をいくつか覚えておけば,あとの単語は平易で,それほど苦労はしません。

でも,この "Frozen II" は手強いです。

問題は,われわれ日本人が普通は習わない,実際に生活に必要な単語がたくさん出てくるんですが,それらは当然,受験や英検などで出てこないので習わないから,ですね。実際に海外に留学や仕事などで生活してみないと使わない,というか絶対に必要という単語でも,受験や仕事に関係なければ覚えないですしね.....。

文法的には,やはり空想物語,と言うせいか,やたら仮定法が出てきます。1ページに3個あったりして結構面倒です。まあ,仮定法は高校で習うので,高校レベルの文法の知識があれば,と言うよりiruchanもその程度なんですけど,十分だと思います。

ただ,単語はむずかしい。

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     "Okay. Cuddle close. Scooch in."

cuddle(抱きしめる)は知っていましたけど,scoochってなに? って具合です。

ここを母親役の吉田ひつじは,”さぁ,くっついて。もっと詰めて。” ってしゃべってます。

これで正解! なんですけど,iruchanはscoochって単語は知りませんでした。

ロングマンのLongman Dictionary of Contemporary Englishにも載っていませんし,オックスフォードのDictionary & Thesaurusにも載っていません。

ネットを見ると,weblioは "脇へどかす,移す" とあって,この状況では意味不明ですね。ようやく,"ぐっと近づける"、と言う意味のアメリカ英語のようで,アメリカでこういう風に,横に座った人(子供が多いと思いますけど)に対してよく使うようです。電車に座っているときなどにも使うようです。

このあと,

        The queen fluffed Elsa's pillows and ....

とあるのですが,fluffがわからない。ついでに,なんでqueenと小文字なのかも,ちょっと疑問なんですけどね。

まあ,形容詞でfluffy(ふわふわ)と言う単語があるので,まくらを少しただいて "膨らませる" か....... と想像できる,と言うような具合です。

と言う具合で,かなり単語は手強いです。だいたい,1ページに3個くらいは知らない単語がある,と言う次第で,洋書を読むときのコツとして,辞書を引かないとよく言われますけど,それは辞書を引き出すと全然前に進まないし,そのうち疲れちゃってあきらめちゃう,と言うことになるためで,極力想像で意味を推定して進む必要がありますが,それも程度問題で,1ページに複数個,知らない単語が出てくると難航します。

こういうときはiruchanは知らない単語に鉛筆で印をつけておいて,あとから調べることにしています。こうでもしないと,全然終わらないし,辞書を引き始めたらもう止まらなくなっちゃいますからね.....。

あと,興味があるのは,やはり映画のいろんな場面を英語ではどう表現しているのか,ということですね。これはとても関心があります。

最大の見せ場だとiruchanは思っているのは、エルサがアートハランで母親と再会するシーンですね。そう,松たか子さんが "見せて,あなたを" を熱唱しているシーンです。 本当に前回もそうでしたけど松たか子さんは素晴らしい!!!

frozen2-120.jpg 見つけた~~!

なぜか,ここは英語の "Show yourself" では "I am found." って受動態になっています。とすると,探していたのは母親,と言うことになりますね。なんか変! My mother finds me. なんでしょうか。

最後,エルサがアートハランにたどり着いて,来てはいけないところまで来たために精霊の力に負けて? 身体が凍りついて死んでしまう場面ではどうなっているか,と言うと.....。

The ice crept up her neck and toward her face. At that point, she had gone too far, just like her Mother's lullaby had warned, and there was no way to return. She gathered all her magic to release in a last-minute signal to Anna. Only one stream of magic escaped, slicing through the air.

"Anna...." she called out desperately. A second later, she was completely encased in ice.

氷が彼女の首まではい上がってきて,顔に迫った。このとき,母親の子守歌が警告していたように,遠くへ来すぎてしまったことに気がついた。もう,戻れない。すべての魔法の力を込め,最後のシグナルをアナに送った。ひと筋の魔法が手を離れ,空気を切り裂いた。

"アナ......" 必死になって叫んだ。その直後,彼女は完全に氷に閉じ込められた.....。

となっています。 encaseなんて動詞があるのですね。

frozen2-145'.jpg うぅ.....。

frozen2-154-1.jpg アナ~~!

このあと,アナはエルサの死を直感し,オラフも消え,嘆き悲しんだ末に,アナが翌朝,再び立ち上がってすべての問題の元凶であるダムをアースジャイアントに破壊させるわけですが....。

このとき神田沙也加さんが泣きながら歌っている,"わたしにできること" も本当に絶唱だと思います! 

実は,この前,映画にはないシーンがあるようです。

エルサが凍死したあと,魔法が解け,オラフも消えていくわけでが,加えて,前回,エルサが作った氷の城も溶け始め,中の壮大なシャンデリアが落下して壊れるとか,その城が溶けていくのをアレンデールにいるトロールのパビーが気がつき,エルサの死をどうやって市民に告げるか悩む,と本にはあるのですが,映画では割愛されています。

でも,このシーン,あった方がよかった,と思います。最後の方があまりにも急展開過ぎて,アナ雪に限らず,ディズニーのアニメは子供向け,と言うこともあって,普通の映画より短いんでついていけないということが結構多いと思いますけど,アレンデールの市民たちが女王の死を知らなかった,ということになるので,あった方がよかったと思います。市民が嘆き悲しむシーンもあった方がより印象的だったかと....。

それと,今ごろ気がつきましたけど,エルサが凍死する前,氷が身体をはい上がってくるのを魔法で払いのけようとするというのが本書にあります。映画ではなす術もなく,凍りついちゃいますけど,▲の文章の前に,She tried to use her powers to force the ice off her, but it didn't work. とあります。 

ただ,脱線ですけど,映画でもはっきりと理由は示されていないので,エルサがなぜ死ぬのか......英語のサイトでも結構,話題になっているようです。これも謎ですね.....。

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  この波の描写の映像もすごいですけど.....。実写と見まごうばかりですね。

あと,気になるのは最後に,アレンデールが大洪水に飲み込まれようとするとき,復活したエルサが最大限の魔法の力で大波を破壊するシーンですが,

Elsa reached out and magically pulled back the wave with the Water Spirit supporting her. She made the water crest and curl back towrd the fjord---where its energy dissipated as the water moved away from the village and the castle of Arlendelle.

エルサは到着し,水の精霊が彼女を支えて波をはね返した。波のcrestを作って波をフィヨルドから押し返した---そこで波のエネルギーが消え,水はアレンデールの村と城から去って行った。

問題はcrestと言う単語なんですけど......。普通は鳥のトサカです。ほかにもかぶととか,もののてっぺん,頂上とか,波の波頭と言う意味があるのですが,どうにもしっくりきませんね。角川文庫は氷の壁と訳していました。

frozen2-178.jpg やた~~!!

それにしても,本を読んでいてもずっとハラハラする展開で,最後はようやくエルサと再会し,オラフも復活して大団円,なんですが,最後にオラフが,”このあとも毎日,危機一髪,という展開になっちゃうの?” って聞くシーンがありますけど,

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"Or is this putting-us-in-mortal-danger situation gonna be a regular thing?" って言ってます。危機一髪はmortal dangerでいいはずですが,どうしてハイフンで全部つながっているんでしょ。映画のシナリオではputting us in mortal dangerと分かれているようです。

また,戴冠式のあと,アナがお披露目する場面でも,映画ではないシーンがあるようです。

frozen2-207.jpg アナ女王です.....。

  なんか,"ローマの休日" のエンディングみたいですけど.....。

このとき,

”Presenting Her Majesty....Queen Anna of Arlendelle."

But, when curtains parted, no one was there.

"When should I go?" said Anna. "Now? Right now? Okay." She peeked around the tent at the crowd and then stepped out......

とあり,カーテンが開いたのにぼけていてお出ましせず,カーテンの隙間から下々の人々が待っているのを覗いてから出てきたようです。アナらしく大ぼけかましてますね.....。

前作で,姉の戴冠式で同じシチュエーションがあったわけですから,このシーン,あったら面白かったのに,と思います。

ところで,こちらは映画と同じシーンでしたけど,銅像の除幕式に行くときには,

frozen2-221.jpg 

       さあ,マティアス将軍....。

"Halima...General Matias." Anna greeted them. She had been honored to promote Matias to his new position on her first day of queen.

とあります。いったい,こいつ,どこまで昇進してんだよ....と思いますね。クーデター権力掌握の論功でしょうか。

中尉 First Lieutenant→大尉 Captain→少佐 Major→中佐 Lieutenant Colonel→大佐 Colonel→少将 Major General→中将 Lieutenant General→大将 Generalです。普通,Generalと呼びかけるのは少将以上だと思いますが,えらく出世したものです。それに,そもそもこいつもすべてを知っていたのに,最後までずっと黙っているわけなんですけど,反逆罪なんではないでしょうか。

     ☆          ☆          ☆

こうしてようやく "FrozenII" のペーパーバックが読めました。かなり単語には苦労しますけど,映画を見ていればなんとか読めるレベルだと思います。

ただ,それにしても,日本語版,英語版,両方読みましたが,謎ばかり。ちっとも謎は解けません。

そもそも,やっぱり母親がくせ者。

本来は,ダム竣工時に修羅場と化した森の現場からアレンデールへエルサたちの父親となる皇太子を連れ戻したのは母親だし,空を飛んでいたりするので母親も精霊なのか,それとも魔法を使えるらしいのですが,その点がはっきりしません。まあ,そんなことはどうでもいいとしても,一部始終を全部知っているはずなのに,謎を解くなんて称してダンナ(国王)を道連れにして難破して死んでしまうわけですし,今度は2人の娘を呼んで命の危険にさらす....なんて母親のすることか!? って思うのですけれど....。

さらにはエルサやアナたちも魔法の秘密のみならず,ダムを象徴とする環境破壊問題,ノーサルドラのような先住民に対する迫害や人種差別問題,果てはエルサがレズビアンだとして性の多様性の問題まで彼女たちにしょわせてしまい,彼女たちの責任や,扱うテーマが重すぎる,と思いました。

それに,純粋に娯楽と考えても,これでストーリーは完結,となったらしいので,これじゃ,次作は期待できそうにないですね。なによりエルサがかわいそうだし,今もiruchanは落ち込んでて,全然ハッピーエンドじゃない,と思っています。

     ☆          ☆          ☆

最後はちょっとシリアスな話を....。

iruchanはマティアス将軍が黒人として描かれているのが気になっています。

彼が写真を見て,魔法の紙とびっくりしているシーンがありますが,印画紙の発明は1850年頃なので,アナ雪2もその頃の時代だと思います。

その時代,果たしてヨーロッパで黒人の兵隊さんがいたのか.....。ましてや彼は中尉だったのですから,士官ですよね。黒人士官というのが19世紀にいたのでしょうか.....。

米軍で本格的に黒人部隊が登場するのは第2次世界大戦以後のことです。第1次世界大戦の時は,欧州に出兵した米軍に黒人がいましたけど,信用できない,と差別され,補給などの後方任務が主体でした。

それに,そもそも欧州では長い間,戦争は貴族の仕事とされていたので,果たして19世紀半ばの各国の軍隊で黒人がいたのか....。ヒトラーがドイツ陸軍の幹部から馬鹿にされていたのも,彼が平民の出だからで,ドイツ陸軍には貴族出身の士官がまだ多かったためなのはよく知られていますね。

英国をはじめとして,奴隷貿易が欧州でも盛んだったし,アフリカを次々に植民地化していったので,欧州でも黒人人口が増えていた,と思いますが,ほとんどは最下層の職業に従事していて,軍の士官や,最近,NHKでやっていた, 英BBC製作の "レ・ミゼラブル" で敵役のジャヴェール警部が黒人だったのに大いに驚きましたけど,こういう警部というような公務員,それも中尉や警部などのハイランクの公務員に黒人が採用されていた,とはとても思えないのですけど.....。ガンジーがロンドンに行ったとき,彼はインドでは弁護士をしていて立派なエリートだったのですが,喫茶店には入れなかったので憤激した,と言うエピソードもありますから,欧州での黒人や有色人種に対する差別はひどかったと思います。

前回,ノーサルドラがアジア系黄色人種として描かれているのに,クリストフやアナ雪の母親が白人として描かれているのは "美しいものは白人" という意識に基づいた,差別ではないか,と指摘しています。

それと反するようで,忸怩たる思いもあるのですが,アナ雪2にしろ,レ・ミゼラブルにしろ,黒人や有色人種の子供も見るので,その子供たちに配慮してヒーローとして黒人を登場させている,のではないでしょうか。

これはこれで,歴史を歪曲し,事実を伝えていないのは問題ではないか,と思います。 

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Christian Wolmar著 "To the Edge of the World: The Story of the Trans-Siberian Railway" [海外]

2019年9月7日の日記

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Christian Wolmarの本を何冊か読みました。鉄道の世界史とも言うべき,邦訳も出ている "The Blood, Iron and Gold" や 世界初のロンドン地下鉄の歴史を描いた,"The subterranean railway” のほか,ブログには書いていませんが,鉄道と戦争の関わりを描いた,"Engines of War" も面白かったです。

Wolmarは一貫して鉄道の歴史に関する本を書いているのですが,どれも正確な記述と詳しい内容が魅力で,また,エピソードが面白く,どれも読むと笑えます。鉄道に興味のある人なら,ご一読を勧めます。また,Wolmarがすごいところは似たようなテーマの歴史本にも拘わらず,ほとんど重複した内容がないことで,また,一部重複するところは○○○にも書いたが,と言う具合に明示しているのは好感が持てます。

残念ながら,日本の作家で,このような人はいないでしょう。鉄道関連だとたくさんの本があるのですが,書いているのはほんの数人で,どれも似たようなものばかりだし,はっきり言ってもう飽きてしまいました。特に,鉄道だけでなく,飛行機なども書いている,ある作家はどれも同じ内容ばかりで,せいぜい,出版社が違う,程度の差しかないと思います。

その点,Wolmarの本はどれも重複するところがなく,いずれも面白いテーマの本だと思います。

ただ,iruchanは今まで,この本は読んだことがありませんでした。なによりシベリア鉄道の歴史なんて.....って感じで,日本人にはなじみがないし,特に鉄のカーテンの向こう側の鉄道なんて興味がわかないし,と,思っていたのですが読み始めたらとても面白い内容でした。そもそも,日本とシベリア鉄道なんて,関係大ありなんですよね....。

1904年の日露戦争の発端はこの鉄道の開通にあった,と言っても過言ではありません。特に,東清鉄道(Chinese Eastern Railway)をロシアが建設し,ハルビンから支線を伸ばして旅順まで鉄道が延びるようになると,満州をロシアが実効支配でき,また,ロシアが1898年に清から租借した旅順は日本の保護国であった朝鮮の目と鼻の先ですから,そこに巨大な軍事基地をつくり,艦隊を常駐させれば黄海の制海権を奪い,かつ,鉄道により基地までの補給が盤石となる.....というのは脅威でしかありません。実際,日清戦争時に清の北洋艦隊の基地がありましたし,租借後はロシアが大幅に増強していました。日露戦争時の二百三高地など旅順要塞攻防戦は有名ですね。座視すると朝鮮半島の安全も保たれなくなり,対馬海峡までロシアの勢力下,ということも現実となる恐れがありました。

もちろん,中国に重大な関心がある英国がロシアを警戒し,日本と同盟を結んだのもロシアの南進を警戒したものであることは言うまでもありません。

ということで,この本にもたくさん日本に関する記述がでてきており,また,英国の歴史家らしく,その視点は公平で正確なものである,と思います。そう思いながら読み進めました。

話は帝政ロシアの時代,ロマノフ朝 第6代皇帝のエリザヴェータ・ペトロヴナの時代(在位1741~1762)まで遡ります。

当時,すでにロシアの領土は沿海州にまで及んでいたのですが,ウラジオストックまでの行程は1年以上かかり,官吏の任官もそれこそ1年以上かかっての移動の末,と言うことで大変なものでした。すでに米国のように4頭立て12人乗りの駅馬車が発達し,シベリア域内の交通を担っていましたが,10マイルごとに馬を交代させねばならず,また,駅逓の役人に賄賂を払わないと翌日発になったり,国土が広すぎて街道の警備は不十分で,そのため山賊が跋扈し,行路の安全も十分に保証されているとは言えませんでした。

また,当時もソ連時代も,国内の移動にもパスポートが必要だったので,山賊にパスポートまで奪われるとペテルブルクには帰れなくなってしまいます。1年もかかる,と言う行程上,夜行馬車を運行することもあったようですが,居眠りによる事故も絶えなかったようです。また,過酷な自然は冬期にはタランタス(tarantass)と呼ばれる2頭立て4人乗りのソリが主力となりました。19世紀に入るとアムール川を利用して船や筏を使って時間短縮が図られ,最後には蒸気船も登場しますが,これとて川が凍結する冬以外の交通手段です。

女帝の即位を祝うため,カムチャツカ半島から6人の現地部族の処女たちがはるばる9000マイルの行程を経てペテルブルクに派遣されましたが,1年後,途中のイルクーツクに着いた時点で護衛兵との間に子供が生まれており,呆れた上官が兵士を罷免し,新任の兵士に交代させたところ,ペテルブルクに着く頃にはすでに異父きょうだいを連れていた.....という西洋では有名? なエピソードからはじまります。

このような交通問題を解決し,シベリア地域の行政を確立するとともに資源開発を進めるため,シベリア横断鉄道の建設が検討されます。

しかしながら,全長5750マイル(9255km)もあり,1863年に建設がはじまった米大陸横断鉄道の1780マイルとは比べものにならない距離です。冬期の平均気温はー15℃にもなり,永久凍土地帯にレールを引く,というのは膨大なコストはもちろん,枕木などの資材の確保のほか,労働力希薄な地帯でいかに労働力を確保するか,と言うことも問題になりました。ちなみに,宮脇俊三の "シベリア鉄道9400キロ" にもあるとおり,現在のシベリア鉄道は9400kmですが,この数字が異なるのは,最初の東清鉄道経由の場合ではなく,純粋にロシア領内のみを通過するアムール鉄道経由の場合であり,またシベリア鉄道自体も後で出てくるチェリャビンスク経由でなくなったり,経路がいくつか変わっているためです。

ロシア最初の鉄道はサンクトペテルブルク近郊のツァールスコエセローの6フィート鉄道(後にロシア標準の5フィート軌間に改軌)で,1837年のことです。その後,西に延び,ワルシャワ(当時ロシア領)を経て,ウィーンにつながります。

モスクワとペテルブルクがつながるのは1851年のことです。ウラル山脈の東側,チュメニ~チェリャビンスク間が開通するのは1883年のことですが,ウラル越えの区間が開通するのはシベリア鉄道の全通まで待たないといけません。また,チェリャビンスクが実質的にシベリア鉄道の起点となります。しかし,ここからウラジオストックまでは4500マイルもあります......。

課題はやはり財源。1857年のクリミア戦争や1877年の露土戦争などで戦費がかさんでいた上,ヴォルガ付近で飢饉が発生したり,貧弱なロシア経済では長大なシベリア横断鉄道の建設は困難でした。

しかし,ここでウィッテが登場します。日露講和条約の交渉時にミスター・ニェットとして日本に煮え湯を飲ませたことで有名な,あのウィッテです。彼は鉄道大臣を経て大蔵大臣に就任し,シベリア鉄道の建設を進めます。第1次ロシア革命後の1905年には首相に就任します。

彼はクリミア戦争で鉄道が補給に有効なのをよく知っており,また,シベリア鉄道がロシア経済の発展につながることを長期的な視点から考えていました。

シベリア横断鉄道の建設を決めたのはアレクサンドル3世(在位:1881~1894)です。彼は長男のニコライ(後のニコライ2世。在位:1894~1917)を東の起点,ウラジオストック駅に派遣し,1891年5月31日,起工式を執り行いました。皇太子が直々に起工式に参加する,と言うことはロシア国民に鉄道の重要性を示す狙いもありました。

ちなみに,彼は5月11日に大津で受難しているのですが,この起工式に参加する途上のことでした。もちろん,彼が日本を経由してウラジオストックに行ったのは,自国内を陸上移動するより,軍艦で移動する方が安全で快適,というわけだからです。

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シベリア鉄道自体,優秀な技師を得て,困難な自然環境の中で急速に工事は進展し,一応,1903年に全通します。

一応,というのは.....鉄道でモスクワから行けるのはバイカル湖畔のイルクーツクまでで,対岸までは夏期はフェリー連絡で,冬期は凍結した湖上の仮設線路を使いました。事故も多く,多数の車両が湖底に沈んだようです。

東岸のミソフスク(現バブシュキン)からスレテンスクまでは再び鉄道でしたが,そこからハバロフスクまで1000マイルをアムール川のフェリーで下る、という具合でした。ハバロフスクからはようやくウスリー鉄道でウラジオストックまで,と言う次第で,モスクワからウラジオストックまで6週間を要する,という具合でした。

難工事のバイカル湖周鉄道が開通し,大興安嶺を抜けて東清鉄道経由でウラジオストックまで,完全に鉄道がつながるのは日露戦争直前の1904年2月のことです。

ここで,iruchanは長年疑問に思っていました。

中学の頃,シベリア鉄道のことを習ったのですが,どう見ても中国を通る路線が教科書に載っていて,どうしてシベリア鉄道なのに,中国を通っているんだ? って思っていました。それが東清鉄道という名前だ,というのを習ったのは高校の時ですが,そのときですら,どうして東清鉄道が中国領内なのかはわかりませんでした。

ようやくこの本で疑問が解けました。

なんと,東清鉄道はロシアが建設したのですが,清が建設を許可したのは,日本との戦争が避けられないと考え,早期に旅順やウラジオストックとの交通を確保しておきたいと考えたロシアが,日清戦争の際に戦費調達のため清が発行した戦時債権を購入していて,その償還を減免する代わり,清に建設を認めさせた,と言うのです。

ようやく納得。そういうわけだったのか.....。

交渉に当たったのはウィッテと李鴻章(Li Hongzhang)。ニコライ2世の戴冠式に参列する李をスエズまで迎えに出向いて歓迎し,秘密交渉をまとめました。

あくまでも東清鉄道は私企業とし,表向きはロシア政府とは関係ないことを装うことを約束した上で,警備のために軍隊を配置することまで認めさせます。清は線路以南に派兵することを禁じましたが,ロシアは守るつもりはさらさらありませんでした......ロシアも満州の支配をもくろんでいました。後に日本も同じ手法を用いるわけですが,やはり歴史は繰り返すのですね。

東清鉄道経由となったのは,アムール川北岸はあまりにも自然環境が厳しく,ウラジオストックまでの線路をできるだけ南側に敷いた方が建設が楽だったためです。
 
とはいえ,チチハル(斉斉哈爾)からハイラル(海拉爾)までの区間は山岳地帯であり,大興安嶺を長大トンネルとループ線を組み合わせた線路で抜けることからもわかるとおり,東清鉄道の建設は非常に困難だったようです。もっとも,そのループ線前後は最近,新線に切り替わったそうですね。

日露戦争後も東清鉄道はロシアの経営のままで,一応,日本との取り決めで軍用列車は走行禁止になっていましたが,このままだと再び日本と戦争になった場合はまずいと考え,純粋にロシア領内のみを通過する鉄道の建設が進められます。

アムール川沿いのアムール鉄道が開通し,現行のシベリア鉄道のルートが完成するのは第1次世界大戦中の1916年のことです。

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この後,ロシア革命が起こり,シベリア鉄道も混乱の渦に巻き込まれていきます。

有名なのはロシア戦線に取り残されたチェコ軍で,ロシアの講和直前に寝返ってドイツ軍と戦っていました。こうなると,武装解除して帰国するとドイツ軍に虐殺されると恐れ,東へ逃げようとします。それを助けるためと社会主義革命に干渉する目的で連合軍が組織され,米,英,日など各国の軍隊が派遣されることになります。

実は日本だけ,別の意図があったことはご存じのとおりです。1920年3月,ニコライエフスクで現地パルチザンに包囲され,700人の日本人居留民と兵士が虐殺されました。尼港事件ですね。これもこの本に書かれています。

一方,日露戦争で日本が得た,南満州鉄道は長春から南の区間だけで,依然としてハルビン周辺と東清鉄道などはロシアの支配下でした。

極論を言えば,日露戦争って,この南満州鉄道の利権を得ただけというのが実情ではなかったのかと....。東清鉄道だって,戦後もロシアが経営していて,のちにアムール鉄道が開通してロシアにしてみれば不要になっていたのを,それも満州事変後の1935年になって買収したわけですしね.....。領土的に南樺太を得たのは奇跡的と言ってよく,それでも樺太全土ではないし,また,広い満州全体を植民地としたわけでもないことに不満を持っていた,本来は鉄道警備部隊であるだけの関東軍が謀略を起こして満州全域を支配していくわけです。

日本がロシアに勝ったとは言っても,局地的な軍事作戦に勝利しただけで,本気でロシアが戦った訳ではなかったことを日本人はよく知っておくべきだったと思います。

最近,歴史学者の間で,日露戦争を第0次世界大戦とする見方が広まっているそうです。実際,日露戦争は国力を挙げた総力戦のさきがけでした。軍艦も巨大化しつつあり,28サンチ砲など,軍事力も高度に機械化し,のちの世界大戦の萌芽が見られます。

幸い,日露が第2次世界大戦のような総力戦となる前に,米国がおそらく,これ以上のロシアの勢力圏拡大を恐れ,もちろん日本の勢力拡大も望まない上,中国に何らかの下心があって仲介してくれたから勝利しただけであったことを日本人は知るよしもなく,後の戦争につながっていきます。

シベリア鉄道の歴史かと思っていたら,20世紀の日本やアジア周辺の歴史まで復習することができ,本当によい本だったと思います。

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