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Simon Winchester著 "Krakatoa” サイモン・ウィンチェスター著 ”クラカトアの大噴火~世界の歴史を動かした火山~” [海外]

2019年1月3日の日記

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年末の12月22日の土曜日にインドネシアのジャワ島とスマトラ島の間のスンダ海峡で大きな津波が起こりました。400人以上の方が亡くなり,16,000人以上の方の家が失われたようです。亡くなった方のご冥福をお祈りしますとともに,被害に遭われた皆様に謹んでお見舞い申し上げます。

原因は火山の噴火。

このわずか25kmほどの幅の狭い海峡の南側の入口にアナク・クラカトア(Anak Krakatoa)という火山があり,それが噴火したようです。いわゆる山体崩壊と呼ばれる大規模噴火を起こし,山が崩れて大量の土砂が海に流れ込んで大きな津波を引き起こしたようです。

すぐに思い出したのは1883年の同じ場所での大噴火。かつて,ここに標高800mを超えるとがった火山がありました。

悪名高いクラカトア火山ですね。それが1883年10月27日月曜日の朝10時,大爆発を起こして山が吹き飛んで島が消えてしまいました。高さ40mを超える大津波が発生し,36,000人を超える人命を奪いました。

iruchanはこの火山のことは子供の頃に読んだ火山の図鑑で知っていて,特に,とがった山の頂上から赤い火と噴煙が上がり,津波を背景として正面で半裸の男の人が叫んでいる,という映画の一場面が出ていて,恐怖を覚えた記憶があります。その映画のこともこの本に書いてあります。

出版されたのは2003年で,iruchanもすぐにペーパーバック版を読みました。年末に,先ほどの津波のニュースがあったので改めて今度は日本語版で読み直すことにしました。やはり英語だと読むのが大変ですので.....。

また,この本が出版されてすぐ,2004年12月26日の朝スマトラ島北西沖のインド洋で発生したマグニチュード9.1の地震で大津波が発生し,死者25万人を超える大被害を与えたことは記憶に新しいところです。震源はクラカトアから1000kmも離れたところですが,まったく関係のないことではありません。どちらもプレート境界が関係していて,特に,日本海溝などと同様,プレートの沈み込みがあるところでは火山が付帯して成長するようです。どういうわけか,同じプレート境界でも湧きだしの方は裂け目の部分以外では火山ができません。そういえば,日本沖には火山がたくさんあるのに,チリ沖の太平洋には火山がありませんね。

1883年の大噴火の後,巨大なカルデラができて,その外輪山の一部がまた成長し,1928年にはついに海面に顔を出し,アナク・クラカトアと呼ばれていました。アナクとはマレー語で子供という意味で,昔のクラカトア火山の子供,と言う意味です。

著者は1970年代に訪れたときと,25年後に最後に訪れたときとは見た目でも大きくなっており,実際,後で調べたら毎月50cmというスピードで成長していたと書いていて,本当に驚くべき急成長です。すでに,当時でも標高180mに達していたようです。今回の噴火直前には338m(NHKによる)に達していたらしく,それが再び山体崩壊を起こして津波を発生させたようです。コンサート会場の背後から津波が来襲し,観客が逃げる場面がニュースで出ていますね。

著者は本書で,再びアナク・クラカトア火山が噴火し,津波を引き起こすと警告しています。15年前に予見していたのは驚くべきことです。

The peculiar tectonics of Java and Sumatra will make sure that what occurred back then will without a doubt one day repeat itself, and in precisely the same way.

"ジャワとスマトラの異常なテクトニクスにより,いつの日か,疑いもなくかつてと同じ過程を繰り返すだろう。"

ただ,続いて,"それはいつのことかわからない,ずっと先のこと...." と書いているのですが,それはまさしく15年後のことでした。

改めて読んでみて驚いたのは津波の破壊力。1883年の噴火の時は30m以上の標高に建っていた建物が破壊されたり,スンダ海峡の入口に建っていた灯台が根こそぎ破壊されたり,鋼鉄製の軍艦が3kmも川をさかのぼって置き去りにされたり.....。

また,時代的にも産業革命が終わり,科学の進歩が一段と進んだ時代の出来事なので,科学的な記録が多いのも特徴で,おそらく人類史上,初めて科学的に観測,記録された火山の噴火だと思います。噴火の際に生じる衝撃波が音速で地球を一周し,遠く英国でも気圧の変化が記録されたり,その衝撃波が地球を7周して減衰したとか,そもそも噴火音がマニラやパース(豪)のほか,遠く4700kmも離れたモーリシャス諸島で聞こえたりしたのは驚きです。津波もフランスでも観測されています。噴煙は成層圏に達し,何ヶ月も漂い続けたので異常に赤い夕日が世界中で観測されました。

ノルウェーの画家ムンクの "叫び" の背景の空が異様に赤いのもこのせいだと言われています。彼はこの絵を1893年に描いています。この絵,去年,日本に来たのですが,iruchanも見に行きたかったのに,あまりに混んでいるのであきらめました......。

ただ,ちなみに1883年の噴火はこれでも史上5位の規模らしく,有史以前の東インド諸島のトバ山,1815年のタンボラ火山,ニュージーランドのタウポ火山(2.6万年前),アラスカのカトマイ火山(1915)に次いで5位らしいです。

今回の噴火は津波の高さも報道されているところでは3~4mくらいのようですし,崩壊前の山の標高も低いので,前回ほどの規模ではなかったようですが,同様の山体崩壊を引き起こし,津波を発生させています。被害も甚大で,多くの人命が喪われたのは残念です。

また,報道されているところでは,津波警戒システムがすでに設置されていたのに,予算不足でメンテナンスができず,満足に稼働していなかったとのこと。地震や津波,噴火を繰り返す地域のため,警戒システムが導入されていながら,人的な要因で多くの人命が喪われた,というのはきわめて残念です。

       ☆          ☆          ☆

この本が素晴らしいのは火山だけじゃなく,プレート理論や巨大地震の発生機構など,科学的な解説のほか,大陸移動説を唱えたウェゲナーの生涯や電信の発明者モールスの功績や,電信を使って世界中に噴火の情報を伝えたロイター通信社や船舶保険のロイズの歴史なんかもわかるのがすごいところです。現場近くの港に駐在していたロイズの社員が最初の第一報をロンドンに急報しました。ロイターは支局が首都のバタヴィアにあったため,1日,後れを取りました。一方,ウェゲナーは頭がおかしいとされて職を追われ,最後はグリーンランドで亡くなっていて,iruchanもそれは知っていたのですが,彼の最期の状況がどんなだったかは,この本で知りました。冬を前にキャンプを退去した際に遭難したようです。ウェゲナーの理論は正しかったのですが,理由を説明できませんでした。後にプレート理論が提唱されて彼の理論が正しかったと理解されるのは1960年代以降のことです。

また,動植物の生息が異なる境界が地球にはいくつかありますが,ジャワ島とスマトラ島の間にもウォーレス線があり,そこで,アジア系の動植物と豪州系の動植物の境界があるのですがその理由と発見者のウォーレスの生涯がわかるのも驚きです。ウォーレスの発見のおかげでダーウィンが進化論を完成させるのですが,このことも知りませんでした。もちろん,このウォーレス線はこのあたりのプレート境界に沿っていて,動植物相が異なるのはジャワ島とスマトラ島が別々の大陸の一部であったからなんですけど.....。そもそも,なんでインドネシアがオランダ領だったのかとか,アジアなのに仏教国じゃなくてイスラム教なのか,とか聞かれても答えられないような質問にも詳しく解説があるのが素晴らしいところです。

それに,冒頭の映画は "ジャワの東" という映画なのですが,実はこれがトンデモ映画,というのはこの本で知りました。ずっと図鑑で見てから,この映画を見てみたい,と思っていましたが,DVD化もされてないし,なかなかTVでもやらないので,ようやくiruchanが見たのは10年以上前にNHK BSでやったから,です。でも,iruchanが知る限り,後にも先にもこれ一度だけです。よほどマイナーなB級映画のようです。確かに,どう見ても日本人という着物を着た変な男達が踊っていたり,神社みたいな鳥居が出てきたり,終始,変なところばかりの迷映画でした。製作が1969年なので,結構,最近のことなのに,アジアに対する認識がいまいちというのは驚きます。そもそも,タイトルにしたってジェームス・ディーンの "エデンの東" のパロディだし.....。それにクラカトアはジャワの東じゃなくて,西なんですけど....。また,この映画,なぜか欧米では年末の定番映画らしく,著者も子供の頃,よく見た,なんて書いています。おそらく,"ジョーズ" や "タワーリング・インフェルノ" (ともに1975年公開)の先駆け的なパニック映画で,年末の定番だったのでしょう。そういや,iruchanも子供の頃,ガメラや大魔神なんて映画が年末の定番で,よく見ていた記憶があります(古っ!)

たった1冊の本を読むだけでこれだけ幅広い知識を得られる本,というのはそうないと思います。その意味でiruchanも屈指の良書だと思います。

        ☆          ☆          ☆

それにしてもクラカトアの噴火は日本でもまったく関係のないことではありません。そもそも山体崩壊って,日本では阿蘇山や箱根などのカルデラがその跡ですし,近代になってからも1792年の "島原大変肥後迷惑" と呼ばれる雲仙普賢岳の噴火や1888年の会津磐梯山の噴火がそれです。富士山だってすぐ隣の箱根と同様,山体崩壊するほどの巨大噴火を起こさない,と言う保証はありませんし,九州の鬼界カルデラが破局的噴火をしたら日本は滅亡するでしょう。富士山噴火でも東京は壊滅。復興するのに20年くらいかかるでしょう。オリンピックどころじゃないってば。

新年早々,再び戦慄を覚えたiruchanでした。

ただ,なぜか地元の図書館で借りてきたら閉架式収蔵。もう,読む人も少なくなってきているのでしょう。親切なおばさんにお願いして出してもらいました。それに,出版されてから15年も経つのに,いまだに文庫化されていないのも変。出版社は早川書房なので,はやくハヤカワノンフィクション文庫で出してもらいたいものです。名著なのでやはり惜しい! それに,このような自然科学系の本って大学の先生が訳しているものが多くて,直訳調で非常に読みにくいもの,と決まっていて,だからiruchanも最初は警戒して英語で読んだんですけど,さすが翻訳ものの老舗だけあって本書の訳はとても素晴らしい。だから余計にまだ文庫になっていないのが残念です。

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日本語版は出版当時2,800円でしたけど,今は3,000円のようです。



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