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小松左京 "くだんのはは" を読む [文庫]

2015年5月23日の日記

谷保天満宮 神牛.jpg くだんじゃありません。

1950年代製のNikkor 35mm F2.5で撮影しました。驚くほどシャープな画質です。 

先週土曜(5月16日)の日経夕刊に "くだんのはは" がでていました。 文学周遊という1面全面のコラムで,読み応えがありました。

本好きなので,日曜の書評欄は各紙目を通していますが,このコラムも毎週,楽しみにしています。 

実はくだんのことを知ったのは最近のことです。

くだんとは件と書き,世界中に伝承のある,半人半獣の化け物の一種のことです。日本のくだんは身体は牛,顔だけ人間という妖怪です。なぜか,子供達はよく知っていて,子供達に思いっきりバカにされてしまいました。 何でお前らそんなの知ってんだぁ~!?

何のことはない,妖怪ウォッチに出てくるそうです。なぁんだ。

くだんは主として西日本に伝わる伝承で,疫病や飢饉,災害,戦争などの災厄が起こると産まれてきて,凶事を予言し,災厄が終わると死ぬ,と言われています。実際,どこだったか,太平洋戦争中にも産まれて,戦争の行方を予言したそうで,新聞記事にも載っているそうです。

もちろん,そんなものは噂に過ぎず,あり得ない話ですが,小松左京もその記事をヒントにして書いたのかもしれません。

舞台は戦争末期の兵庫県芦屋市。空襲で家を焼かれ,父とともに焼け出された良夫は以前,自宅の家政婦をしていたお咲の口添えで,お咲が働いていた,ある大邸宅の離れに住まわせてもらうことになります。そこは熟年のおばさんが1人と,病人らしい女の子が住んでいる邸で,その女の子は姿が見えない状況でした。夜な夜なその女の子が泣く声が嫋々として聞こえてくる......。

というホラー仕立てで,父はすぐに勤務先の工場が焼けて疎開先の工場へ応援に行ってしまいますし,お咲も何を聞いても詳しいことは教えてくれません。

そのうち,おばさんは広島の原爆投下や満州に出征している夫の死を予告します。そして,終戦2日前,日本が負けて戦争が終わると良夫に告げます。

それにしても戦争末期でどこも焼かれているのにその邸は焼けず,おばさんが言うには「先祖の劫(ごう)でこの家には守り神が来て,家を守ってくれるのよ」 と言う。その守り神とは.....。

小松左京の作品ではくだんは顔が牛で,身体が13,4歳の女の子になっていて,伝承のくだんとは逆です。そういえば妖怪ウォッチもこうだな~。 母親が先祖の劫でくだんを産んだ,と言うことになっているので,このように設定しないといけなかったのでしょう。

優しい目をまっ赤に腫らし,綸子(りんず)の着物を着て座布団に座って死んでいくくだんの姿はあわれで,戦争の悲惨さを想起させます。ホラー仕立てだけれどこの物語を読んで泣かない人はいないでしょう。実際に戦争を体験し,空襲も体験している小松左京の文章はたいへんな迫力があり,屈指の名作だと思いました。自分自身,勤労動員で軍人や先生にいじめられるので体制批判をしているのに,一方では社会や体制に迎合した欺瞞に満ちた態度でおばさんをスパイだと批判したりするのはこの時代の雰囲気をよく表していると思います。

小松左京のように戦中派の人がどんどん亡くなっている現在,あらためて読み直す価値が高い物語だと実感しました。この世代の人たちは先の戦争を引き起こした責任と,多くの人が亡くなったのに自分は生き残ったという自責の念があり,戦争に対して当時の軍や政府に対して大いに反感を持つと同時に,戦争遂行に協力した,自分自身に対する反省の思いもあったと思いますし,戦後も,日本が被害者だという意識をもつことに違和感を覚えていた,と思います。小松左京も同じだったでしょう。タイトルからして,"九段の母" のパロディなのですから。ショートショートらしく,最後にしょうもないオチがあって,iruchanは傑作なのに残念な蛇足だと思うのですが,そこのところ以外は純文学としての価値も高く,若い人たちにぜひ読んでもらいたいと思います。

ただ,残念ながら,所収されている文庫は "くだんのはは" (ハルキ文庫1999)が最新ですが,アマゾンを見ても楽天ブックスを見ても品切れになっています。 こういう場合,町の本屋さんで売れ残りを,と思ってもむだです。日本の本屋さんは取次の委託販売と言う形態のため,店頭で置いておく期間が決まっていて,その期間が過ぎると取次に返品し,最終的には出版社に返品となって断裁,廃棄されるので,売れ残りが残っている,と言うことはありません。工作が趣味なのでよく古い部品や模型を探しに行きますが,本の場合,こういったことができないのが残念です。日経の記事もこの本を引用しています。日経の記事を契機にして増刷していただけないでしょうか。

それ以前だと,"霧が晴れたとき" (角川1993) が比較的入手しやすいようです。私は一番古い,1974年刊行の新潮文庫 "戦争はなかった" で読みました。近くの古本屋さんで100円でした。何とかOFFという古書店も探しましたが,例によってこのお店は古くて汚れた本は扱わないので,最近の本しかありません。

新潮の "戦争はなかった" は活字も小さく,読みにくいですが,昔の新潮文庫は比較的読みやすいです。ほかには "保護鳥" (ケイブンシャ文庫1988),"黄色い泉" (徳間文庫1984),"模型の時代" (角川文庫1979)にも所収されているようです。 

戦争はなかった.jpg どういう表紙じゃ?

角川文庫の小松左京のシリーズは表紙は生頼範義が描いていて評判がいいのですが,この "模型の時代" はなんか,全然シリーズの他の本と雰囲気が異なり,変です。この本は新潮のシリーズの表紙の方がよいですね。新潮は宇佐見圭司が描いています。また,"模型の時代" の単行本(徳間)は松本零士が描いた表紙です。これはとても素敵なものなのでほしいと思っています。 

ほかに,最近,集英社文庫 "異形の白昼" (1986)にも所収されていたのを知りました。小松左京著ではなく,筒井康隆編だったので見落としていました。なお,現在はちくま文庫から出ていて,現行の本なので一番読みやすいかと思います。ただ,ちくま文庫は高いのがネックですけどね......。 

 

2015年10月28日追記

今朝の朝刊に "模型の時代" など,角川文庫の小松左京のシリーズの表紙を描いた生頼範義氏の訃報が載っていました。79歳だったそうです。謹んでお悔やみ申し上げます。 


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