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飯倉章著 "第一次世界大戦史" [文庫]

2016年7月9日の日記

今年5月22日の日経に出ていた,中公新書の書評を読んで,買ってきました。このところ第1次世界大戦について興味があります。 

この本は第1次世界大戦の勃発から終戦まで,当時の新聞などの風刺画をたくさん載せながら経緯を述べたものです。結構,この風刺画がわかりやすく,読んでいてもわかりやすくてよかったです。

ただ,どうにも開戦までの経緯がいただけません。1914年6月28日のサラエヴォでのオーストリア・ハンガリー帝国のフェルディナンド皇太子夫妻がセルビア人青年プリンツィプに暗殺されたことに対し,報復のためセルビアに宣戦布告し,同じスラヴ系民族のセルビアを支援していたロシアが総動員することにはじまる,という主張です。

これって古くない? と言うのが私の感想です。これでは私が中学の頃に学んだのと同じ話です。

それよりはむしろ,つい1年半前に読んだ,バーバラ・タックマンの "The Guns of August" (邦訳 "八月の砲声")の見方の方がずっと実際に近いし,きわめて自然だと思います。

もとからオーストリア・ハンガリー帝国はそれほど陸軍が強くもないのに領土的野心が強く,タックマンの本では "年老いて好戦的な国" と表現していることからもわかるように,バルカン半島へ領土拡大をもくろんでいました。もちろん,そこにはスラヴ系のセルビア人が住んでいたりするので,かねてからロシアも狙っていました。支援を名目に自己の勢力範囲を拡大しようというのはロシア人の今でも同じ発想ですね。18世紀以来,不凍港をもとめて黒海やバルカンへ進出して衝突したりしていましたしね。

一方,西ではフランスが1871年の普仏戦争帰結の結果,割譲を余儀なくされたアルザス・ロレーヌ地方の奪還を目指して,ドイツと敵対していました。

英国も自己の権益を脅かす新興勢力のドイツをなんとか今のうちにつぶしておきたいし,フランスへの債権もあることからフランスに負けてもらっては困る,と言う理屈は後に米国が連合軍に参戦する理由と同じです。 

南ではイタリアがやはりオーストリアからトリエステや南チロル地方の奪還を考えていました。だから,本来なら独墺と3国同盟を結んでいたのに開戦と同時に中立を宣言し,いずれは協商側で参戦しようと考えていました。

中立だったトルコも本来ならロシアに痛い目に遭っているので対露宣戦する立場でしたが,過去,支援してくれたはずの英国にも不快な思いをしていたため日和見を決め込むこととなります。そして開戦劈頭にドイツの地中海艦隊に所属していたゲーベンとブレスラウが英国艦隊にはかなわない,とばかりにイスタンブールに逃げ込んだためこれを接収し,3国同盟側に立つことに決めます。

いずれもどこの国も領土的野心に燃え,帝国主義がぶつかり合う戦争だった,というタックマン流の見方の方がはるかに自然だと思います。 

本書はこういう見方は最近の研究で否定されている,と書いているのですが,本当? という気がします。膨大な巻末の参考文献にタックマンの本がないのもうなづけますけど。あえて無視しているんでしょうね。

第1次世界大戦は大国の野望が渦巻く最後の帝国主義戦争で,勝者が自己の利益を優先し,戦後処理を誤ったためにヒトラーが出現し,戦後秩序の再構築とドイツの権益復活をめざして再び大戦争が起こった, というのが最近の見方ではないでしょうか。むしろ,第1次世界大戦は第2次の影に隠れ,ずっと注目されることが少なかったのに,改めて開戦後100年を迎えた一昨年あたりから再検証してみよう,と言う動きがあり,第2次世界大戦の責任をヒトラーに押しつけて長年,自らの責任逃れを図ってきた勝者の英仏の責任を問う,タックマン流の見方が再評価されている,と思っていました。

あと,タックマンの本は1914年9月のマルヌの戦いでドイツのクルック将軍が一敗地にまみれ,以後,西部戦線が膠着してしまうまでしか描いていないのですが,マルヌの戦いの推移は細部に至るまで詳しく記述しています。一方,本書はこのフランス側の勝利に多大な貢献をした,老獪なガリエニ将軍については名前すら出てこず,すべてジョフル将軍の手柄にしているのはどうして? と思ってしまいました。

ただ,最初の契機がどうあれ,戦争が始まりだしたら止めることができなくなる,と言う見方は同じです。また,21世紀になったのに領土的野心に燃える国が周辺にも多いのは嘆かわしいことです。結局,今の世界は19世紀末の欧州の状況と変わらないのではないか.....と思ってしまう今日この頃です。

第一次世界大戦史.jpg 


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