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Graham Allison "Destined for War: can America and China escape Thucydides’ Trap?" [海外]

2021年8月10日の日記

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グレアム・アリソンの ”米中戦争前夜” の原書です。邦訳はとても話題になりましたね。原書も邦訳も2017年の出版なので,少し時間が経っています。それにしても,同じ年に邦訳まで出るなんて,この手の本は訳が早いですね~~。

世界史で習った,古代ギリシャのトゥキディデスの罠について,ペロポネソス戦争に始まってスペイン,ポルトガルの対立やスペイン継承戦争やナポレオン戦争を経て,第1次,第2次の世界大戦に至るまで,覇権国と挑戦国の間の対立の経緯や,結末を検証しているのは有名です。

正直,iruchanは共通一次(古~~~っ!)で理科系なのに世界史を選択したくらいで,世界史が好きなのですが,古代ギリシャやローマは苦手で,少々,前半部分は退屈です。しかしながら,アテネとスパルタの対立は今の米中対立とまったく構図は同じで,ペロポネソス半島やエーゲ海に覇を唱えたアテネと,それに挑戦する新興のスパルタの関係は,世界を実質支配している米国と,急速に経済発展し,利益を蓄えて軍事力を強化している中国の関係はまったく同じだ,というのには驚かされます。人類は2000年経っても進歩していないのだな,とある意味,呆れると同時に感心する,と言うのが読後の感想です。

過去の対立の16件を最後の章でひとつずつ検証しています。

残念ながら,平和裏に解決したものは4ケースしかなく,それも覇権国の圧倒的な力により押さえつけたと言う場合がほとんどなのは残念。15世紀のスペインとポルトガルの対立がローマ法王の仲介で平和裏に解決した,と言うのは唯一のケースなのかもしれません。

とはいえ,この解決は我々日本にとっても関係がある,彼らが平和裏? に世界を分割する(トルデシリャス条約1494年)ことを勝手に決めただけの話であって,覇権者と挑戦国がお互いに都合よく世界を分割して利益を分配し,支配権を認めただけ,と言うのは今のヤルタ体制と同じ,という気がします。

蛇足ですけど,種子島に来て鉄砲を伝えたのがなんでイギリス人やオランダ人じゃなくて,ポルトガル人,というのは世界史を勉強してないとわかりませんね。

後半部分はずっと米中対立の経緯と処方箋を書いているのですが.....。

正直言って,どう解決するのか,というのはよくわかりません。なんか,ゴチャゴチャといろんなことを書いているのですが,結論部分がず~~っと長くて,なにを言いたいのか,よくわかりませんでした。もう一度,読み直してもわからない,ような気がします。

と言うより,むしろ,解決策がない,というのがアリソンの本音なのかもしれないと考えるとゾッとします。

実際,読んでみても,いち早く産業革命を成し遂げ,強大な海軍をもって海上輸送を支配し,植民地に配置した海軍基地で周辺の制海権を握って世界を支配した大英帝国と,19世紀後半の統一以後,急速に社会や産業の改革を進め,世界に対する経済的影響圏の拡大を背景に大英帝国に挑戦したドイツの対立は2回の大戦争につながるわけですが,この構図は今の米中対立と同じであり,今後も状況が変わらないように思えるのは残念です。

アリソンが明確にしていないのが,覇権というのは主としてこのような技術の覇権によるものであり,特に製造業の技術革新が国力に結びついているという指摘がないのは残念です。この辺,アリソンは政治学者で,理科系じゃないからではないか,と思います。

特に,19世紀後半,英国の製造設備が老朽化し,労働者の権利意識の向上からストライキが頻発し,コストが上昇したのが大英帝国の衰退に結びついているわけですが,このあたり指摘していません。一方で,後進国であったドイツが急速に進歩したのも,急速に機械産業が勃興し,最新の製造設備をそなえた上,人口増大に伴って安価な労働力を活用して大量生産に成功したからではないでしょうか。明治の日本も同様です。また,戦後,しばらく経ってから米国の覇権が揺らいだのも,日独がまた再起動し,製造設備を一新して強力な製造業を復活させたからで,米国の覇権が揺らぎはじめたのも1970年代以降であって,今に始まったことではない,と思います。

その点,中国は旧ソ連の蹉跌を非常によく勉強した,と思います。

ソ連はやはり,イデオロギー対立に終始し,自国および同盟国の政治的安定を優先し,ブロック経済化を進めて,西側との交流を絶って事実上,鎖国したことにより,技術的にも経済的にも時流に乗り遅れ,体制が自壊した,と思います。

その点,中国は経済的には自由化,国際化を推し進め,強引とも思える手法で製造業の確立と販路の拡大を図って,利益を拡大し,さらに,世界のサプライチェーン上に中国が必要不可欠となる体制を作り上げて利益の還流を進めるとともにユーザが中国にはものを言えなくなるように仕向けています。

技術の覇権,それをバックアップする製造業が極めて重要であることをよく学んだのだ,と思います。また,製造業が儲けたカネを軍事費に投入して世界を力によって支配しようとしていることは誰の目にも明らかです。

アリソンはこう書いてはいないのですが,やはり,国力というのは製造業の力にあると思います。明治の富国強兵という政策は今世紀では当てはまりませんが,国力=製造業と考えていたのはあながち誤りではない,と思います。現代では,製造業で儲けたカネを軍事費に投じたり,領土的野心を抱いてはいけない,というのは歴史の教訓であるとともに,世界の常識と思うのですが,中国やロシアの戦略はまるで19世紀ですね.....。

製造業がやはり極めて重要であると同時に問題でもあり,日本やドイツのように経済的利益を追求するにとどめ,軍事的投資をしない体制が必要ですが,中国はそうではありません。

そもそも,この本にあるとおり,サッチャーがドイツの再統一に反対した,と言うくだりはまさにその通り,と思いました。サッチャーが反対したのは,再びドイツが欧州を支配するようになる,と言う危惧でした。現実のEUはまさにドイツ第4帝国だと,iruchanは以前から思っていましたし,アリソンははっきりと,現在のドイツはヒトラーよりも広範囲に欧州を支配していると書いています。

         ☆          ☆          ☆

結構面白い本でした。と書くまでもなく,多くの人が読んだ本だと思います。

最後にあといくつか,感想を書いておきたいと思います。

台湾や尖閣への攻撃についても書いているのですが,いずれも台湾や日本の防衛力は弱く,人民解放軍の前に屈服する,と書いています。

まあ,彼我の軍事力を見れば,それこそ火を見るより明らかな結論だとは思いますが....。

ただ,アリソンも書いているように,台湾侵攻と尖閣攻撃はセットである,と考えた方がよさそうです。台湾への軍事侵攻時に嘉手納などの米軍基地が邪魔になるのは誰でも考えることですし,米軍が台湾侵攻を阻止しようとすれば沖縄の米軍基地が最前線になり,中国が沖縄の市街地を火の海にする可能性は極めて高いという指摘は恐ろしいですが,あり得ることでしょう。

台湾侵攻時に沖縄も攻撃する覚悟があるならば,ついでに尖閣を占領することは訳ないことでしょうし,日本が屈服すれば米軍のみ戦う,ということはないでしょうから,そうなると沖縄まで中国領,ということになることを危惧しています。中国は第2列島線(伊豆諸島~小笠原~グアム~パプアニューギニア)までを勢力範囲とする意図は隠していませんしね.....。

アリソンの予言を裏付けるかのように,米海軍高官が2027年までに台湾侵攻があり得る,と証言したのは,日本にとっても実に恐ろしいことだと思います。

最後に,日本については,今の製造業を大切にしようとしない政治には失望を禁じ得ません。日本の長年のデフレも,製造業を大事にしていないのが原因かと思います。それに,日本の製造業自身も,過去の栄光と目先の利益確保に目を奪われ,IT化やデジタル化に進んで取り組み,将来のメシの種を作ろうとしていないのはまさに自滅行為だと思います。

もうひとつ,原書で読んでいて,結構,"?" がつくような英文が目立つように思います。同じ文章で,途中で結論が変わってしまっていたりして,意味がわからない文章が多い感じです。これなら邦訳を読む方がマシ,と言う感じです。

この本をアリソンがどう書いたのか,わかりませんが,新聞か雑誌に連載するような記事をまとめたのか,という気がします。どうにも校正というか,文章の読み直しをしていない,雑な文が目立つような印象を受けました。



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楠原 佑介著 "この駅名に問題あり"

2021年4月11日の日記

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2005年に草思社から発刊された本です。近くの図書館で見つけて読んでみました。amazonで見ても,マーケットプレイスの商品しか出てこないし,もう絶版のようです。

読んでみるととても面白かったです。

そもそも,帯にありますけど,なんで品川駅の品川駅があるのか,目黒区にない目黒駅とか(そもそも品川駅も品川区じゃありませんね),大学がとうにないのに学芸大学駅だとか都立大学駅だとか,もう,これらはそこに大学はない,ということは全国でも有名なのですけど,どうしてこうなったかはiruchanも詳しくは知りませんでした。

          ☆          ☆          ☆

これらの経緯は詳しく書かれています。

特に,これらの大学駅名はアンケートで維持が決まった,というまことしやかな説明がなされますが,経費節減を狙った私鉄の思惑と,地元も大学という名前で地元の価値が上がると思ったことから,普遍的な不利益を無視したものと思います。

また,アンケートを一方的に無視したと言う点では,最近の高輪ゲートウェイ駅でも明らかですよね。この顛末は,最初から駅名は決まっていたし,iruchanは茶番だと思っています。堂々と高輪と名乗ればよかったと思います。それどころか,わざと批判されて話題にしようと考えていたのではないかと,疑っています。

          ☆          ☆          ☆

さて,内容の方は,特に,千葉の迷宮? は面白かったです。千葉と名のつく駅が11駅もある,と言うのは驚きだし,住んでなくてよかった,と思います(千葉の皆さんごめんなさい)。

正直,この千葉の迷宮はいままでまったくと言ってよいほど,理解していませんでした。

主たる要因は例の国鉄千葉駅移転のせいですけど,それ以前から千葉と名のつく駅がそこら中にあり,混迷の原因です。

1963年,総武本線からの外房線へのスイッチバックを解消するため,国鉄千葉駅が移転して現在地に移るわけですが,のちの中央線の塩尻駅(1982年移転)と同様ですね。その際,高架にするので支障となる京成千葉駅を移転させます。こちらも阪急梅田駅が移転(1971年)するのと同じですね。その際,国鉄千葉駅前なんて駅を作っちゃうからJRになったときに名前を変えないといけなくなって改めて京成千葉駅とし,もとの京成千葉駅を千葉中央駅にして.....なんてチョーややこしい...。

正直,iruchanも鉄ちゃんなんですけど,千葉は苦手。関東の人でもなければ,そもそも千葉を経由してどこかへ行く,と言うことは成田から海外に行く以外はないし,そのため,一度,やりましたけど,乗り潰しにわざわざ千葉まで行く必要がある,と言うのは面倒で,それでもない限り千葉へ行く用事もないので,ほとんど千葉の鉄道には乗ったことがなくて,よけいに千葉駅周辺の状況はよくわからない,というのがiruchanに限らず,鉄ちゃんはおろか,全国の皆さんの印象ではないでしょうか。

惜しいのは内容が関東というかほぼ東京限定であること。もっと全国には変な駅名があるので,続編を,と思います。

と言うことで大いに賛成,と思う内容なのですが,地図は見にくく,また,適切な範囲が示されていなくて,目黒駅も周囲の状況がよくわからないのはちょっと残念です。最近,東京新聞で載った記事の方がよほどわかりやすいです。

また,ちょっと歴史的な地名の肩を持ちすぎで,地名自体も時とともに変わっていくのはある程度,しかたないと思います。とはいえ,今から新○○駅とか,駅が現実の地名と一致しないのに,命名するのは反対です。つくばエクスプレスの各駅の命名に対する批判も至極当然,と思います。特に,この鉄道にも見られる最近のチャラい駅名は困ったものです。高輪ゲートウェイもそうです。

それに,iruchanが疑問に思っているのは,三ノ宮駅がJRだけで,阪急,阪神の駅は三宮であることはよく知られていますが,意外に関東でも阿佐ヶ谷駅とか,四ッ谷駅とか,必ず駅名にはヶやッがついていて,地名と異なることは指摘していません。このあたりの経緯はどうなんでしょ。

iruchanは地方の実情も知らない,あるいは知ろうともしない鐵道院や鐵道省の役人が勝手にヶやをつけることにして,決めた名前,と思っているんですけど....。中央線の駅は甲武鐵道の時代だから違うか.....。

それに,線名にしたって,iruchanの地元の北陸が関係していますけど,まったく上越地方を通らない上越線はおかしくないでしょうか。どうやら上野国と越後国を結ぶから,という命名らしいですけど,これもろくに地方を知らない官僚が勝手につけた名前なんじゃないでしょうか。

北陸新幹線の上越妙高駅だって,計画時は上越(仮)駅となっていました。逆に,上越新幹線に上越駅がなくて,北陸新幹線に上越駅がある,と言う状況になっていた方が問題提起になってよかった,と思っています。

もうひとつ,上越新幹線の本庄早稲田駅に対する筆者の意見には賛成。なんで新幹線にまで一私立大学の名前をつけないといけないんでしょ。少子化の時代,W大だっていつつぶれるかもわからないし,都心回帰だってあり得るでしょ!

学芸大学駅については,学芸大学跡駅を提案していますが,これもちょっとどうかと.....。

iruchanは学芸大学前駅を提案します。旧白滝駅みたいでいいでしょ。女子学生が1人だけ使っているとか.....。

          ☆          ☆          ☆

もちろん,書かれている内容は鉄ちゃんなのである程度は経緯を知っていて,既知のものも多いのですが,筆者は地名の専門家であるだけあって,とても説得力のある内容でした。特に,筆者同様,大学などの施設名を冠した駅名というのは反対で,こういう名前をつけるべきではない,と思います。私立大学などの私企業ならなおさらだし,最近のネーミングライツによる企業名を冠した駅名の乱発には大いに危惧をいだいています。

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佐々木譲著 "エトロフ発緊急電" を読む [文庫]

2020年11月22日の日記

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先月,佐々木譲の "抵抗都市" を読みました。日露戦争に日本が負けた世界....という想定はとても意外で,歴史改編小説にやみつきになっちゃいました。

同じ筆者の "エトロフ発緊急電" を読んでみたいと思います。

単行本の発刊は1989年だし,もう相当,古い小説ですが,とても面白いと昔から評判ですよね。山本周五郎賞を受賞していますし,NHKで "エトロフ遥かなり" というタイトルでドラマ化もされています。

どちらも評判になったし,iruchanもすでに大学生だったから読んでもよかったのですけど......どうにもノンフィクションじゃない,小説という分野は昔からあまり好きじゃなく,TVドラマの方も主人公が永澤俊矢で,実を言うと,ちょっとこういう怖面の俳優さんというのは一緒に出ている憲兵役の阿部寛とか,この番組に出てませんけど,ほかにも山崎努とか,緒形拳とか,iruchanはどうにも苦手なので,何度も再放送されているのに見た記憶がありません。

        ☆          ☆          ☆

舞台は1941年の択捉島。

そう,ハワイ真珠湾攻撃に向かう,日本の機動艦隊がこの島の単冠湾に集結したところです。そこに日系米国人のスパイが潜伏していて,米海軍に急報する......というストーリーです。

スパイ小説らしく,美人もいて,NHKでは択捉島の駅逓の女主人ゆきを当時,人気絶頂だった沢口靖子が演じています。彼女はスパイと恋に落ちます。

歴史好き,特に戦争に興味がある人にはまさに格好の小説だと思います。また,iruchanもあまりフィクションは読まないと言ってもスパイ小説は好きで,フォーサイスはほぼ読みました。

でも,今までなんとなくこの小説は敬遠していて,今ごろ読んでみて,ちょっと後悔してます。でも,とても面白い,手に汗握る小説でした。

もう,いろんな人がこの小説についてはたくさんブログにも書いているので詳しくは書きませんけど,読後の感想として,ふたつ,挙げておきたいと思います。

読んでいて,ケン・フォレットの "針の眼" (”Eye of the Needle”, 1978)に似ているな~,と思ったことを書いておきたいと思います。といって,実はiruchanは小説は読んでいなくて,1981年製作の英国の映画で見ただけなんですけど.....。

コード名Needleのドイツのスパイが英国領の孤島に潜入し,島に住む夫婦に取り入り,第1次大戦で亭主が不能になったのに不満を持っていたそこの美しい妻は彼を愛するようになりますが,そこで重要な機密を本国に送信しようとした直前に妻に妨害される.....というストーリーで,本作でも,最後,ゆきが送信機を破壊してスパイが憲兵に射殺される,というのは似ているな~って思いました。

もうひとつ,彼が使った送信機は彼を支援する米国人宣教師から提供されていますが,それを作ったのは宣教師の知り合いの盛田という帝大生で,海軍に就職したばかり.....というのは,もちろん関係ないですけど,ソニーの盛田さんがモデルですよね。

機動部隊発進という重大情報を米海軍幹部はあまりにも荒唐無稽だとして無視してしまい,甚大な被害を被る.....というところで史実に戻りますけど,実際にルーズベルトを初めとして米政府は真珠湾攻撃は察知していたのではないか....というのは昔から指摘されています。少なくとも,iruchanも,米国が日本のすべての暗号を解読するのはまだ先のことだったようなのですが,日本の外交公電は解読されていたし,ハワイではなくとも日本がどこか,米国領土を先制攻撃するだろう,というのは予想できた,と思っています。

それに,そもそもルーズベルトはもし,英国が屈服すれば英仏に貸し付けた多額の債権がパーになるので,早期に欧州の大戦に参加したかった,というのは歴史学者の指摘するところです。とはいえ,米国は民主主義の国なので,議会が認めない限り,宣戦布告はできないので,むしろ,日本に勝手にやらせておいて参戦を容易にしたかった.....と考える方が自然です。

おまけに宣戦なしの戦闘開始は日清,日露もそうでしたけど,日本の常套手段だし,今回もそうするのであれば米世論も沸騰すると予想していて,今回,一応,日本は宣戦布告をしたにもかかわらず,ご存じのとおり,通告は攻撃開始のあとになり,まさしく思うつぼになったのではないでしょうか。実際,チャーチルは真珠湾攻撃の報告を聞いて,欧州に米国が参戦するので大喜びした,という話ですしね。また,日本の大失態を笑っていたのではないでしょうか。

もっとも,最近の研究でも,ルーズベルトはさすがに先制攻撃の対象がハワイとは思っていなかった,という結論が多いのですが,実は最初から攻撃対象はハワイ,と知っていたのではないか,とiruchanは考えています。

そもそも,アリゾナを初めとして,真珠湾にいたのは老朽化した時代遅れの戦艦群で,虎の子の空母はいなかった,というのは意図的で,予め逃がしてあった,のでしょうし,仮に最大,数千人に及ぶ死者が出ても,米国が欧州の大戦に参戦する大義名分を獲得できるのならやむを得ない犠牲......とルーズベルトは考えていたのではないでしょうか....。

また,空母群がいないことを事前に察知できなかった日本の諜報戦の負けと言うことも言えると思います。

        ☆          ☆          ☆

フィクションとは言え,真珠湾攻撃の発案者の山本五十六の動きや心理が細かく描写されていますし,機密保持のための隠蔽工作など,当時こういう雰囲気だったのだろうな~,という感じはします。なにより,極秘裏に作戦を立案し,実行していく状況は真に迫っています。一方,日系人として米国で差別され,挙げ句の果て殺し屋になっていたならず者をスパイとして養成し,日本に送り込む,と言う筋書きは瞠目すべきものですし,最後,正体が発覚し,追っ手に追われながらも択捉島に潜入し,ついに11月26日払暁,日本の機動艦隊の進発を本国に打電する,というクライマックスはまさに手に汗握る状況でした。12日後,真珠湾を350機の艦載機が襲うことになります......。

さすがは佐々木譲だな....と大いに感心した小説でした。


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佐々木譲著 "抵抗都市" [文庫]

2020年10月10日の日記

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一昔前なら,今日は体育の日ですよね~~。なんのためにこの日が体育の日になったのか,勝手に月曜に移動するなよ,と思います......[雨]

って思っていたら,来週,12日は休みじゃありません。一体,どうなったんだ.....。

今年は幻の東京オリンピックの開始にあわせ,スポーツの日と変わって,7月24日だったそうです。もう,すっかり忘れちゃってます。来年,本当に東京オリンピックは開かれるのか.....。歴史は繰り返す,って言いますから,1940年の時と同様,今度のオリンピックも幻なんじゃないかと.....。

さて,佐々木譲の "抵抗都市" を読みました。最近の本の中では当たりの本だと思います。本当言うと,まだ単行本なので,本ブログのスコープ外なんですけど.....。

     ☆          ☆          ☆

時代は1916年。同盟国ロシアの要請で,ヨーロッパ東部戦線に名古屋の第3師団を追加派兵すべく,日本政府は準備を進めていました。福井県敦賀から師団を送るための壮行会を天皇臨席で執り行うべく,警戒をする最中,東京・神田の日本橋川に,不審な男の死体が浮かぶ......というのがプロローグです。

そう,日本は日露戦争に敗北し,ロシアの保護国となっていて,霞ヶ関の現在の官庁街のど真ん中,法務省の辺りにロシア統監府があって,日本政府を監督下に置いている......,という状況です。総督府じゃないのは,完全に植民地になっていないからでしょう。さすがに,太平洋戦争を敗戦と呼ぶのはためらわれるので,終戦と呼んでいるのと同様,御大変と呼ぶことになっています。

東京はロシア人の役人や商人が多数居住し,ロシア人街ができていますし,今の内堀通りはクロパトキン通り,馬場先通りは友好道路って名前に改称されてますが,さすがに都民は降参道路って揶揄しています。まだ完成していない東京駅を横断する永代通りはロジェストヴェンスキー通り,となっています。ロジェストヴェンスキーって,本当なら日本海海戦の敗軍の将で,捕虜なのでは.....。さすがにステッセル通りというのは小説では存在しません.....。

主人公の勤務する警視庁はなぜか今の桜田門じゃなく,GHQのあった第一生命ビルの辺りです。この辺,作者の皮肉か,って思ったら,警視庁の赤煉瓦庁舎はもとはここにあり,関東大震災で焼けて1931年に今の桜田門に移ったようです。

ポーツマス条約は日本の戦争責任を問う条約となり,満州,朝鮮からは撤兵し,軍事権と外交権はロシアに委ねることとなり,連合艦隊が日本海海戦で壊滅した海軍は,単なる沿岸警備隊と化しています。陸軍の兵力は半減され,参謀本部も解散,もはや抵抗する力もなくなっています。奉天大会戦については小説では触れていませんが,普仏戦争のセダンの戦いのように,大敗北を喫したのでしょう。

一応,型どおりの平和を保つため,二帝同盟なるものが締結され,日本はロシアの同盟国として,第1次世界大戦にもロシア側に立って参戦しています。

主人公は警視庁の特務巡査・新堂と,その同僚,西神田署の多和田。捜査を進めるうち,彼らに闇の手が伸びてくる.....被害者の男は誰なのか......というミステリー仕立ての小説です。

まあ,この手の歴史改変小説は,先日もキャサリン・バーデキンの "鉤十字の夜" を読んだばかりですし,ロバート・ハリスの "ファーザー・ランド" やレン・デイトンの "SS-GB" を読みましたけど,いずれもこういった歴史改変小説,というのはナチスが第2次世界大戦に勝った世界.....というのが定番で,本作はそれを日本に置き換えたような小説です。

それに,そもそも,あるところで不審な死体が見つかり,主人公が刑事で,捜査を進めるうちに,彼らに闇の手が伸びてきて.....,なんて過去に多くの小説にあるシチュエーションですし,"ファーザー・ランド" とまったく同じ筋立てです。実は,新聞で書評を読んだとき,まさにその "ファーザー・ランド" の舞台を日本に置き換えただけなのでは,と思っちゃいました。それに,その闇の手,というのも "ファーザー・ランド" がナチ政府だったし,今回も国内の反露勢力とそれに連動した軍の一部組織....というのも似ています。

でも,正直,とても面白い小説でした。まったく読んで損はない,面白いミステリー小説だと思います。

ちょっと脱線。iruchanが面白いと思ったのは表紙。
 
万世橋駅であることは歴史に詳しい人や鉄ちゃんならすぐにわかるでしょう。甲武鉄道のターミナルで,1906年には国有化されていて,本小説でも国鉄万世橋駅となっています。駅前に軍神広瀬少佐(戦後,中佐に特進)の銅像があることで知られていて,この表紙は当時の絵はがきですね.....。それを知っている人は思わず,ニヤリ,とする表紙ではないかと思います。小説では友好の印として杉野上等兵曹(同兵曹長)とロシアの英雄2人と一緒に並んで立っている.....と言うことになっています。本物の広瀬少佐の銅像は太平洋戦争後,戦犯銅像として東京都により撤去されたことはよく知られていますね。
 
     ☆          ☆          ☆

さて,実際に日本が日露戦争で負けていたらどうなっていたか......。

この小説では日本は寛大な処置を受けている状況となっていて,軍事権,外交権が剥奪されているものの,ロシア領となっているわけではありませんし,何も書いていませんが,領土的には本土を保有しているような状況です。日韓併合前なので,領土的には朝鮮半島を併合する前のことなので関係ないですが,大韓帝国はロシアの保護下でしょうね.....。

何か,やはり戦後のアメリカによる占領が下敷きになっていて,小説が組み立てられたような印象を受けるのは当然のような気がします。どうも本小説を読んでいて既視感を覚えました。

「この平和条約は、復讐の条約ではなく、『和解』と『信頼』の文書であります。日本全権はこの公平寛大なる平和条約を欣然受諾致します。」

ポーツマスで,吉田茂ではなく,小村寿太郎がこう演説した.....,と書いてあってもなんの違和感もないような感じです。

しかし,実際に敗北していたら,当時の世界情勢から考えても,全土がロシア領となることはなかったでしょうが,領土の割譲は免れず,北海道や下手をすると北東北はロシア領となっていたのは間違いない,と思います。こういう状況下でのストーリーの方がもっと面白かった,というより現実味があった,と思いますが,佐々木譲は北海道出身なので,そういう設定は避けたかったのかもしれませんし,暗に対米従属の戦後日本の状況を批判しているのかもしれません。

もっとも,満州や朝鮮からは撤兵を余儀なくされていたはずなので,その後の歴史は変わっていたかもしれません。日中戦争や太平洋戦争は起こらなかったかもしれませんね。

ただ,1917年のロシア革命に乗じて日本もフィンランドやポーランドのように主権や国土を回復していたかもしれませんし,列強が日本を支援するはずだから,逆に米英の属国,ということもありえたでしょう。でも,一度でも占領した土地は自分たちの土地,と考えるロシア人のことだから.....第2次世界大戦後の今も北海道はロシア領かもしれません......。

何か,こう考えるといろいろ面白いことが考えられるし,ぜひ続編を,と思いました。


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キャサリン・バーデキン著 “鉤十字の夜" [海外]

2020年9月19日の日記

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第2次世界大戦で枢軸側が勝利していたらどうなっていたか......。

こういう歴史とは異なる設定の小説は歴史改変小説と言うそうですが,結構面白いですね。また,その予想される結末として,全体主義の勝利による人権無視,強圧的政権の支配による監視社会の到来というのは実におそろしいことです。

以前も,ロバート・ハリスの "ファーザー・ランド" やレン・デイトンの "SS-GB" を読みましたけど,特に前者はとても面白かったです。どちらもTV映画化されているらしいので,見てみたいです。

この小説もそれらの歴史改変小説のひとつで,今年初めに水声社から出版されました。原題は "Swastika Night" です。ナチスの鉤十字はHakenkreuzというのはドイツ語で,英語ではswastikaです。

出版されたとき,日経の書評で読んで,読んでみたい,と思っていました。

そもそも,この小説,他のナチス関連の歴史改変小説とかなり違っていて,原著の出版が1937年で,しかも作家は女流で,英国人とのこと。

まだ,日米間はもちろん,欧州でも戦争は始まっていませんが,英国の敗戦を予期し,ナチスドイツが支配する欧州を舞台にしている,ということが年始の話題になっていました。

英国がドイツに負ける,という悲観論は第2次世界大戦の前に広まったわけでなく,すでに19世紀末の,繁栄を極めたヴィクトリア朝の時代からであったことはよく知られています。

以前読んだ,クリストファー・クラークの "夢遊病者たち" にも,20世紀に入る前にはドイツのGDPはすでに大英帝国をしのいでいて,ライプチヒ生まれで母や妻がドイツ人で,ドイツ通だった英外務省の官僚であったクロー(Eyre Crowe,1864~1925)が1907年1月に出版した,"英国と今日の仏独関係に関するメモ"(”Memorandum on the present state of British relations with France and Germany“)においても,いずれ英国は政治的にも軍事的にもドイツに敗北する,という警告がなされています。文化人もサキなどが英国の敗北を予感した小説を書いていますね。

とはいえ,この小説はやはり異質で,作家自身が女性だと言うことがわかったのは1980年代のことらしく,出版時は男性名(Murray Constantine)になっていて,後の英文学研究者が当時の出版関係者を調査して判明したらしいです。彼女はドイツの英国侵攻を予想し,子供を守るため,偽名を使って小説を出版した,とのことです。

ところが,どういうわけか,Amazonでもマーケットプレイスの商品でAmazon直販じゃありませんし,すでに古本として売られていて,手に入りません。しかたないので,近くの図書館で,それもずっと誰かが借りていて,なかなか借りられなかったのですが,ようやく借りて読むことができました.....orz。

     ☆          ☆          ☆

”ファーザー・ランド” などの小説の舞台が1960年代くらいなのと異なり,舞台は27世紀。ヒトラー暦(!)720年,ということからも,冒頭から何か異常なものを感じます。

そのほか,とにかく不思議なことばかり。奇書,というのがやはり読後の最大の感想です。

そもそも,"ファーザー・ランド" や,"SS-GB" では第2次世界大戦にどうやってドイツが勝利したか,というのが書かれていますが,本書は一切書いていません。

まあ,執筆されたのがこれらの小説と違って開戦前,というのがあるにせよ,ドイツがいかにして欧州とアフリカを支配したか,ということはまったく触れていません。

一方で,日本は対米戦に勝利し,アジア,オセアニア,南北アメリカを支配しています。

日独は仲が悪く,実際に戦火を交えた時期もあったようですが,いまは休戦し,緊張があるものの,一応の平和が保たれている,と言う状況のようです。

しかし,読者にとっても正直,アジアや日本の状況はどうでもよい,という感じです。そこには恐るべき欧州の実態が描かれています。

総統が支配する神聖ドイツ帝国が欧州を支配し,属国の英国人である飛行機エンジニアのアルフレッドが主人公です。

驚くべきことに,彼はエンジニアなのに,うまく字が書けないし,それどころかドイツ人の友人のヘルマンは字が読めません。一体どういうこと.....????

それに,27世紀なのに,飛行機がまだ空気力学的に飛んでいる,というのも信じられないのですけれど.....その頃には何らかの反重力装置が開発されて,UFOみたいに飛んでいるんじゃないの,とiruchanは予想しているのですが,フツーの飛行機のようですし,それどころか動力源はエンジンで,それもまだレシプロエンジンのようです.....。かと思うとラジオは真空管式だし,まあ,1937年という時点ではトランジスタはまだ影も形もないし,小松左京がTV電話をブラウン管式と書いているように,さすがにSF小説家も想像力が及ばず,未来が完全に予見できないのは仕方ないのかもしれませんが,それを除外しても,何か変な社会です。

おまけに社会もとんでもない社会になっていて,完全に男性優位の社会になっていて,女性は強制収容所に隔離され,生殖以外の社会的役割を持たされていません。男の子は生まれて6週間後には隔離され,別に育てられる,という社会だし,ヒトラー暦という名前からもわかるように,あらゆる面でヒトラーが神格化され,ヒトラー教なる宗教が国是となっています。彼は出産により生まれたのではなく,突然現れ,ドイツ人を指導した,ということにされています。キリスト教が迫害され,キリスト教徒は動物以下とされて,ゲットーで暮らしている,と言う状況です。

支配階級も変で,エリートは騎士と呼ばれ,広大な領地を所有し,裁判権まで有しています。

まるで中世のような社会になってしまっていて,とてもこれが未来の世界とは思えない状況が描写されます。

はっきり言ってトンデモ小説だと思ってしまうのですが,意外に面白く,途中で止めてしまおう,なんて思いませんでした。よく言われる,Page Turnerであることは確かです。

こういった社会になってしまった理由は,枢軸側が戦争に勝利した経緯と同様,なかなか明らかにされません。要は,ヒトラー主義の確立に伴い,歴史をドイツ人の都合のよいように改変し,一切の過去の歴史の痕跡を取り除くべく,ありとあらゆる書物を焼き,絵画や歴史的建造物を含む歴史上の遺産を破壊し尽くしてしまった結果,というのが理由のようです。

まあ,おそらくそう言う状況だから,国民は字が読めないし,また,過去の歴史についてはまったく知りません。技術についても過去の知識の蓄積なわけですから,技術も退化した,ということなのでしょう。

そうした中,アルフレッドはひょんなことから一人の騎士に出会い,彼は先祖が記した歴史書を密かに所有していて.....というのがこの本のヤマ場です。

     ☆          ☆          ☆

ただ,それにしても読んでいる途中でも既視感を覚えました。

はるか未来なのに,文明が退化し,中世のような社会......なんてナウシカの世界ですよね。

じゃ,核戦争でも起こって世界が破滅したのか,と思ってもバーデキンは書いていません。ナウシカだとそれを思わせる火の7日間戦争,というのが出てきますけど.....。まだ原子爆弾なんて,想像の範囲外だったのでしょう。この本は原書でも今まで,ほとんど知られていない小説だったので,さすがに宮崎駿さんは読んでいないと思います。

思想の統一,世界の全体主義による分割支配,創始者を神格化する新宗教の観念の確立,異端者の迫害,歴史の改変.....というのはジョージ・オーウェルの "1984年" ですよね~。

そう思って読んでいたら,訳者もあとがきでそう指摘しています。オーウェルの1984年は出版が1948年で,バーデキンより後なので,オーウェルもこの小説を読んだのではないか,と書いています。主人公が最後に破滅するのも同じです。

それに,本が政治的に抹殺される.....なんてレイ・ブラッドベリの "華氏451度" ですよね。

iruchanはこれはトリュフォーの映画(1966年)でしか見たことがなくて,小説の方は読んでいないのですが,出版は1953年なので,こちらもバーデキンからヒントを得たように思います。 

オーウェルの "1984年" を読んだときでもそう思いましたけど,隣の赤い巨大な国を初めとして,世界中で人権を軽視した強権的な政治手法がはびこり,世界がどんどん右傾化して社会の進化が止まったというより退化しつつある,21世紀の今日,改めて読むべき小説だと思いました。


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青山通著 "ウルトラセブンが「音楽」を教えてくれた" [文庫]

2020年7月16日の日記

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新潮文庫から出た,青山通著 "ウルトラセブンが「音楽」を教えてくれた" を読みました。結構,話題になった本ですね。

iruchanは文庫本のファンなので,文庫が出るまで待っていました。ようやく出たので早速買いました。

実を言うと,iruchanはウルトラセブンは昔から苦手.......でした。

理由は,怖いと言うものです。

iruchanはウルトラセブンの放送のあとに生まれているので,最初の放送のときは知らないのですが,たぶん,子供の頃,再放送か再々放送くらいで見たのだと思いますが,とにかく怖かった......。

何よりウルトラマンだと科学特捜隊に,毒蝮三太夫とか,二瓶正也とかひょうきんなおじさんがいて,子供にも受けるキャラがいましたが,ウルトラ警備隊には,誰もそういうのはいないし,とにかく組織が軍隊そのものだし,俳優さんも怖そうな人ばかりでした。時折出てくる,参謀なんてやつがまたこれが怖くて,笑いもせず威張り散らしているし,正直,とても怖くて見ていられなかった,という印象があります。

この本の筆者の青木氏も書いていますけど,放送当時でまだ終戦から22年しか経っていないし,iruchanが見た頃でも30年は経っていなかったはずですので,さすがに筆者が書いているように,iruchanの生まれた街に乞食はいませんでしたが,傷痍軍人はいて,「どうしてあのおじさんは片脚がないの?」って親父に無邪気に聞いたことを覚えているくらいで,まだ街には戦争の影がありました。

実際,俳優さんたちやスタッフには戦争経験者が多かったし,そのリアリティには迫力があって,子供には怖かった,と思います。なにより,ウルトラマンの次作として,今度は大人の鑑賞に堪える番組を,と言うコンセプトで作られた番組ですから,もとから子供向けではなかったようです。

その意味でも,iruchanが喜んで見ていたのは "帰ってきたウルトラマン" や "ウルトラマンエース" です。

ウルトラマンエースは結構好きだったけど,男と女が合体して変身する,と言う設定が卑猥だとPTAが批判して女優が降板し,さすがにこの頃になるとそれなりに物心ついた年頃になっていたのであきれた,と言う記憶があります。

さて,この本はウルトラセブンの最終回で流れている音楽の演奏が誰か,をずっと追求したと言う本です。

ご存じ,ウルトラセブンの最終回は,怪獣パンドンと死闘を演じ,倒したけれども肉体的に限界だったウルトラセブンはM78星雲に帰っていく,と言うストーリーです。

この死闘の前,ダンはアンヌ隊員に衝撃の告白をし,そのときに流れるのがシューマンのピアノ協奏曲です。

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"僕は......,僕はね,人間じゃないんだ。M78星雲から来た......

    アンパンマン

なんだ。"

って言ったら子供らに大受けでした。

ultra7-2.jpg きれいなアンヌ隊員.....。

アンヌ隊員はファンが多いですね。今だとごく普通ですけど,男にはっきり言いたいことを言う,当時としてはかなり珍しいキャラクター設定であっただろうと思いますが,意思をしっかり持った,美しく新しい女性像として描かれていたのが現代的で,まさにウルトラセブンは時代を先取りしていた,と思います。

ここで,シューマンのピアノ協奏曲の第一撃が鳴らされます。

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急にシーンは反転し,バックが白く変わります。

まあ,衝撃のシーンに流れる曲というのはだいたい決まっていて,バッハの "トッカータとフーガ" はもう定番中の定番ですけど,ほかにはチャイコフスキーの弦楽セレナーデやヴェルディのレクイエムの "怒りの日" とか,ほかにはボロディンの "はげ山の一夜" とか,iruchanは嫌いですけど,ツィゴイネルワイゼンなんかもそうですね。

シューマンのピアノ協奏曲は少しこういった曲の中ではマイナーですけど,名曲がひしめくピアノ協奏曲の中でも屈指の名曲ですよね。

とはいえ,実はiruchanもクラシックを聴くようになったのは大人になってからで,ウルトラセブンの最終回の曲はずっと長い間,グリーグのピアノ協奏曲だ,と思っていました。

最近,近くのローカル局でウルトラセブンをやっていて,愚息が見ているのでそれを横で見ていて気がつきました。あれ? ちゃうやんか......。

まあ,グリーグのピアノ協奏曲も,同じようにピアノの強奏ではじまり,衝撃のシーンにも使われるので,勘違いして覚えていたのだ,と思います。

それに,実はこの本を読んでびっくりしたのですけど,監督の満田かずほ氏が考えていたのはラフマニノフの協奏曲第2番だったらしく,これじゃ,iruchanが考えても,少し優雅すぎますよね。そこで,音楽担当の冬木透氏は最初,このシーンで考えたのは,グリーグだったそうです。

へぇ~,やっぱりか,と思っちゃいました。でも,こちらもやめて,結局,シューマンにしたそうです。

ウルトラセブンの最終回で使われた理由は,この曲,通しで聴いた人ならわかると思いますが,暗くはじまるのに,最後は明るく高らかに勝利の歌で終わります。ラフマニノフだと華麗に終わるけど,勝利って感じじゃありませんね。ベートーヴェンの "運命" やiruchanも大好きなショスタコーヴィチの "革命" と同じような終わり方です。チャイコフスキーの "悲愴" はともかく,5番もそうだけど,暗く終わる曲はどうにもなじめません......(^^;)。

余談ですけど,どういう具合か,レコードにしてもCDにしてもこのシューマンとグリーグの2曲がなぜかカップリングされていることが多いですね。だから,iruchanも間違えていたのかも。シューマンだったら,リストとか,ほかのドイツ系の作曲家と組み合わせればよいように思っちゃうんですけど,昔からグリーグとのカップリングでした。

まあ,"運命" & "未完成" とか, "新世界" & "モルダウ" とか,レコードの時代はだいたい,長さの制限もあったんでしょうが,カップリング曲は決まっていました。

と言うことで,まず曲はわかったのですが.....。

問題は誰の演奏か,ということです。この本はリパッティ&カラヤン盤と結論づけていますし,音楽担当の冬木透氏からもそのように回答をいただいています。

リパッティ(1917~50)は今もファンが多いですが,ルーマニア出身のピアニストで,コルトーの高弟です。1933年のウィーン国際コンクールで2位に甘んじたため,怒ったコルトーが審査員を降りたのは有名な話ですし,白血病で夭折したことでも有名です。

と思っていたのですけど,実際,そのように書いている本が多かったのですが,どうも白血病ではなかったらしく,wikiを見るとホジキン病(ホジキンリンパ腫)のようです。この本では悪性リンパ腫,と書いてあります。これもwikiを見ると,現在では,がんの一種では比較的,治りやすいがんのようですが,当時はもちろん不治の病でした。

シューマンは1948年,カラヤンとの共演で,英EMIから出ています。オケはフィルハーモニアo.で,要はカラヤンがもとナチだったので干されていたのをEMIのウォルター・レッグが彼専用に作ったオケですね。

この時代,まだ戦争は終わったばかりでしたし,フルトヴェングラーもカラヤンも活動が禁止されていた時期で,フルトヴェングラーはナチではなく,ユダヤ人演奏家の亡命を手助けしたりもしたのですが,ヒトラーの誕生日の記念演奏会で指揮したりしたのを糾弾されました。

で,この演奏なのですが,iruchanも最近まで聞いたことがありませんでした......orz。

あまりにも有名な録音なんですけど......。

やはり,ちょっと彼の最期が気の毒で,この演奏も聴くのにちょっと勇気がいりました。特に,彼の場合,亡くなる3ヶ月前のブザンソン国際音楽祭の "告別演奏会" なんて録音もありますしね.....。

2017年に,彼の生誕100周年を記念して,たくさんCDが出ました。iruchanもようやく,このとき出た4枚組を買い,遅まきながらシューマンを聴きました。

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                 DINU LIPATTI THE LEGEND

確かに,このウルトラセブンの最終回に使われた演奏,というのはすぐにわかりました。

シューマンのピアノ協奏曲というのは名曲のひとつですから,LPが出ると何人もの演奏家のレコードが出ています。この頃だと,この本にもあるとおり,ハスキルのがあったはず,と思いますが,これは使われていません。ハスキルはモノ・ステレオあわせて3回もこの時代,録音しているのですが,どれも聴いてみると違和感があります。ほかにはカラヤンとギーゼキング盤もありますし,ほかに巨匠バックハウス盤もありました。リパッティも,アンセルメとの共演盤がありますが,やはりカラヤンとの共演の方がよいです。

ウルトラセブンで使われたのは,病魔と闘ったリパッティの姿とウルトラセブンの姿がダブるから,と言うのもあったのでしょうが,何より演奏が素晴らしい,というのもその理由でしょう。

ただ,さすがに1966年という段階ではステレオ録音盤が出ていますし,もっと音のよい演奏の方がよいのでは,と思っちゃいます。1948年録音ではSP録音のはずだし,ノイズも多く,音の帯域も狭いので,はっきり言って演奏はいいけど,録音はよくない,と言う盤です。

ただ,本当にSP録音か......と言うと疑問があり,まったくスクラッチノイズが聞こえないので,テープ録音と思われます。この4枚組に入っている,ショパンのマズルカなどはスクラッチノイズが聞こえるのでSP録音ですね。

ちょっとこのあたり,むずかしいのですけれど,テープ録音自体はドイツが発明していて,ヒトラーの演説に何らスクラッチノイズが聞こえないので,英軍関係者は何か特殊な技術が使われているようだ,と考えていたというのはよく知られています。その秘密が明らかになったのは,ノルマンディー上陸作戦後,解放されたフランスの放送局でテープ録音機を見つけたからだったこともよく知られています。

それをもとに,EMIが作ったのがオープンリールのテープ録音機BTR1で,1947年のことですから,リパッティのシューマンはこれを使って行われたのではないか,と思います。

ただ,それにしても音が悪いのは残念。1950年代に入って,テープ録音機の改善が進むと格段に音がよくなっていくのですが,それは50年代後半から,というところなので,1948年という段階ではしかたないと思います。もっとも,SP録音じゃなさそうなので,プチ,プチとスクラッチノイズはなく,この年代のほかのSP録音のレコードに比べれば,格段に音がよいのは事実です。SP録音だったらさすがに放送には使えなかったでしょう。また,家庭のTVはまだ真空管式で,音も悪かったから,それほど気にならない,と言うこともあったのでしょうけど。実際,この番組をiruchanが見ていたのは脚のついた三菱電機製の大きな真空管式カラーTVでした。大きい,と言っても画面はせいぜい22インチだったような.....。

でも,音の悪さは別として,このリパッティ&カラヤン盤は不朽の名盤です。

それにしても,シューマンの演奏がリパッティのものだと調べるまでが大変で,そのプロセスは結構面白く読めます。シューマンの名盤の解説もあり,クラシックファンじゃなくても楽しく読める本です。

       ☆          ☆          ☆

2022年4月17日追記

今日,iruchanお気に入りのピアニスト,ラドゥ・ルプー氏の訃報が新聞に出ていました。スイス・ローザンヌで亡くなったそうです。享年76歳。

実はiruchanはシューマンのPf協はこの人の演奏が一番,と思っています。1973年,プレヴィン&ロンドン響と共演した,デッカ盤を聴いたとき,これだ!! って思っちゃいました。

確かに,リパッティは素晴らしい......でも,さすがに1948年のモノラル録音じゃ,ノイズも多いし,音域も狭いので聴きづらい,だからステレオでいい演奏を探していました。

この盤は録音がDECCAだし,1973年だとまだマイクや機器も真空管だし,音は抜群! iruchanは,DECCA legendとして発売されたCDを持っています。詳しい解説も載っていて,このシリーズはよいですよね。

radu lupu schumann.jpg Rupu&Previn DECCA盤

ただ,なぜかこの盤のことはあまり知られていないし,この本にも書かれていません。

シューマンじゃ,抜群の名演奏なので,ぜひ聴いてみてください。

それもそのはず,ルプーはルーマニア出身だったのですね......[曇り]

訃報を見るまで知りませんでした。年代から考えて,接点はなかったと思いますけど,おそらく,リパッティを祖国の師と仰ぎ,尊敬していたのでしょう。そりゃ,うまいわけです。もし,リパッティが長生きしてステレオ録音していたら,こんな演奏になったのではないではないか,と思うくらい名演奏です。



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小松左京 "復活の日" [文庫]

2020年7月5日の日記

小松左京は,中学の時に結構読みました。あらかたショート・ショートと呼ばれる作品は読んだつもりでしたけど,名作 "くだんのはは" は知りませんでした。非常に多作の作家なので,まだ読んでない作品がたくさんありそうです。

でも,たくさん読んだ,と思っていたつもりですが,それはショート・ショートだけで,大作で最後まで読んだのは "日本沈没" だけです。"復活の日" や "さよならジュピター" は読んでいませんでした。"日本沈没" は最初のカッパ・ノベルス版を持っているので,結構貴重かも........なんて思っています。

"復活の日" を読んでいなかったのは,さすがに大作過ぎて中学生が読むには厳しそう,と言うのもあったのですが,草刈正雄が出ていた映画があって,作ったのがやはり角川映画らしく,宣伝があまりにも大々的で,却ってうさんくさい印象を受けたせいだと思います。その映画のCMも覚えているのですけど,どうにも邦画が嫌いだし,あまりに仰々しいそのCMも,どこか空々しい感じがして,映画も見ていませんし,小説も同じ感じかな,なんて思って読んでいませんでした。映画はBSでやるとは思えないし,と言ってDVD借りてきて見てみよう,という気も起こらないんですが.....。

とはいえ,カミュの "ペスト" 同様,昨今のコロナ禍の広がりで読む人が増えているようです。先日,本屋さんへ行ったら,角川文庫が平積みになっていました。

角川文庫版の新刊も2018年8月の発行ですね。しばらく絶版になっていたのだと思います。

iruchanは早川書房の単行本で読みました。単行本は少し早く,1月に出ているようですが,単行本と文庫本が並行して出ている,というのは珍しいですし,発行元が違う,というのは極めて珍しいと思います。権利はどうなっているんでしょうか。

と言うのもありますが,コロナ禍をまるで予見したかのように,新刊本が2年前に出ているのが不思議ですし,内容自体も驚くほど近い状況です。感染拡大に伴って東京の電車がガラガラになったというあたりはびっくりです。

でも,乗務員が次々に死亡し,電車の運転が間引き運転になったとか,東海道線は動いていないとか,状況ははるかに深刻です。TVも徐々に放送が縮小し,最後は停波してしまいます。

結局,最初の感染からわずか3ヶ月で35億人の人類はほぼ全滅してしまいます。

"復活の日" の方はウィルスではなく,宇宙由来の新型の核酸が原因物質です。この核酸を英国の防衛機関が利用し,細菌兵器MM-88に仕立てたところ,外国(どこか不明)のテロ集団が奪取したのはいいが,レーダーを避けるため,木造の旧式飛行機だったため,アルプス山中に墜落し......というのがパンデミックの発端です。

とはいえ,地表に落下した人工衛星にタンパク質が残っている,というのはあり得ないですし,確かにアポロ宇宙船の乗組員が地表帰還後,未知のウィルスを持ち込まないか,隔離されたのはよく知られていますが,彼らは大気圏内に突入しても安全な司令船内部で生還しているので,当然かもしれませんが,人工衛星だと1000℃以上の高温に晒されて地表に届いたのですから,今でも人工衛星の残骸を調査することがあるようですが,隔離したりはしていませんね。

それに,核酸がウィルスに変化して,それが人体に取り込まれてからの作用などについて,長々と説明があるのですが,さすがにさっぱりわかりませんでした......orz。

このあたりの科学的記述は,さすがは小松左京,と唸らせるところはあるのですが,ちょっとくどすぎ。

かと思うと,このウィルスは低温に弱く,結局,南極の各国基地に居住していた1万人だけが生き残るのですが,女性は16人しかいないので,性欲のはけ口として残りの男たちと平等にセックスせよ,なんて議論がまじめになされる,なんてあたりは大作とは思えない,これじゃまるで,ショート・ショート的な "落ち" で少々,幻滅します。また,終戦直後のアナタハン島事件は実際にあったことですけど,無人島に男と女が漂着し,なんて映画は過去いくつもありますから,こういうシチュエーションは感覚的には既視感があります。

舞台としても1970年代前半が舞台なので,SFとしてはもう,とうに時代が追い越してしまっているので,今,読むと笑ってしまうようなシチュエーションも多いです。コンピュータでウィルスの挙動を予測するあたり,コンピュータはパンチカード式です! さすがにiruchanもこの入力装置を使ったコンピュータは見たことがありません。

小松左京のほかの小説でも出てきましたが,TV電話はブラウン管式だし,こういう点,SFのむずかしいところですね.....。

ラスト,無人となった地球で米国のドゥームズデーマシンが動作し,中性子爆弾による核攻撃の応酬でウィルスが滅ぶ,というのは少々,荒唐無稽。どうやらこのウィルスは高速中性子に弱いらしいのですが......。

南極に生き残った人類が南米に移動し,人類復活の第一歩を記す.....というのがエンディングでした。

まあ,このあたり,iruchanも映画すら見ていないのですけど,すでに知った内容でしたので,結末は知っていたのですが,冒頭の感染拡大の状況はコロナと似ていて,唖然とするとともに,非常に手に汗を握る展開なのはさすがと言わざるを得ません。少々,今の目で見てみるとおかしなところが多いのですが,今,読んでみても,とても面白いし,本を買っても損はないと思いました。

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Disney "Frozen II" 小説・アナと雪の女王2・英語版 [海外]

2020年5月18日の日記

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ようやく,"Frozen II" を読み終えました。3月に映画 "アナと雪の女王2" を遅まきながら見たばかりです。やっぱり,ストーリーは難解で,iruchanは2回見に行きました。それでも,よくわからなかったし,なんと言っても,どうしてもあのエンディングにはちょっと納得できないんですけど,それ以外はとても感動して角川文庫の邦訳を読んだところです。

というところで,今度は原書を....と,思ったのですけれど.....。

まあ,ストーリーは日本語版とまったく同じですから当然,先ほどのリンク先のブログをご覧いただくとして,今日は英語のことを書きたいと思います。

まあ,そもそも副題がThe Junior Novelと謳っているのですが.......。

正直,とんでもないです。

日本の高校生レベルじゃ,とても読めない内容です。まあ,映画を見ていれば,本の方は忠実に映画に沿って書いてあるので,問題ないんですけどね.....。”アナと雪の女王” の場合は映画が先で,本があとですからなおさらです。でも,普通はこの逆で,映画は原作と違う内容,と言うことも多いので,もっとむずかしいわけですね。

iruchanは英語を勉強しているので,本ブログでも書いていますが,日本語訳があるものはできるだけ,ペーパーバックを読むようにしています。実は,昔はまったくそうじゃなかったんですけど,今はamazonあたりでペーパーバックも安く手に入りますし,日本語版よりたいていは安いですしね。

実際,この本は今日現在,amazonで1,016円ですが,iruchanはAbe Books経由で送料込み$5でした。

とはいえ,文学作品の洋書は普通は避けることにしています。

というのは,やはりむずかしい,と言うこと。

今回の "Frozen II" もそうでしたけど,文法は高校生レベルでOKとしても,とにかく単語がむずかしい。いくら,Junior Novelと言ってもやはり文学作品は手強い,という認識を改めてした,と言う次第です。

iruchanがいつも読むのはノンフィクションの歴史や戦争もの。また,一応,iruchanはエンジニアなので,工学関係の技術史関係のものが多いのですが,こういう本は,単語は専門用語をいくつか覚えておけば,あとの単語は平易で,それほど苦労はしません。

でも,この "Frozen II" は手強いです。

問題は,われわれ日本人が普通は習わない,実際に生活に必要な単語がたくさん出てくるんですが,それらは当然,受験や英検などで出てこないので習わないから,ですね。実際に海外に留学や仕事などで生活してみないと使わない,というか絶対に必要という単語でも,受験や仕事に関係なければ覚えないですしね.....。

文法的には,やはり空想物語,と言うせいか,やたら仮定法が出てきます。1ページに3個あったりして結構面倒です。まあ,仮定法は高校で習うので,高校レベルの文法の知識があれば,と言うよりiruchanもその程度なんですけど,十分だと思います。

ただ,単語はむずかしい。

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     "Okay. Cuddle close. Scooch in."

cuddle(抱きしめる)は知っていましたけど,scoochってなに? って具合です。

ここを母親役の吉田ひつじは,”さぁ,くっついて。もっと詰めて。” ってしゃべってます。

これで正解! なんですけど,iruchanはscoochって単語は知りませんでした。

ロングマンのLongman Dictionary of Contemporary Englishにも載っていませんし,オックスフォードのDictionary & Thesaurusにも載っていません。

ネットを見ると,weblioは "脇へどかす,移す" とあって,この状況では意味不明ですね。ようやく,"ぐっと近づける"、と言う意味のアメリカ英語のようで,アメリカでこういう風に,横に座った人(子供が多いと思いますけど)に対してよく使うようです。電車に座っているときなどにも使うようです。

このあと,

        The queen fluffed Elsa's pillows and ....

とあるのですが,fluffがわからない。ついでに,なんでqueenと小文字なのかも,ちょっと疑問なんですけどね。

まあ,形容詞でfluffy(ふわふわ)と言う単語があるので,まくらを少しただいて "膨らませる" か....... と想像できる,と言うような具合です。

と言う具合で,かなり単語は手強いです。だいたい,1ページに3個くらいは知らない単語がある,と言う次第で,洋書を読むときのコツとして,辞書を引かないとよく言われますけど,それは辞書を引き出すと全然前に進まないし,そのうち疲れちゃってあきらめちゃう,と言うことになるためで,極力想像で意味を推定して進む必要がありますが,それも程度問題で,1ページに複数個,知らない単語が出てくると難航します。

こういうときはiruchanは知らない単語に鉛筆で印をつけておいて,あとから調べることにしています。こうでもしないと,全然終わらないし,辞書を引き始めたらもう止まらなくなっちゃいますからね.....。

あと,興味があるのは,やはり映画のいろんな場面を英語ではどう表現しているのか,ということですね。これはとても関心があります。

最大の見せ場だとiruchanは思っているのは、エルサがアートハランで母親と再会するシーンですね。そう,松たか子さんが "見せて,あなたを" を熱唱しているシーンです。 本当に前回もそうでしたけど松たか子さんは素晴らしい!!!

frozen2-120.jpg 見つけた~~!

なぜか,ここは英語の "Show yourself" では "I am found." って受動態になっています。とすると,探していたのは母親,と言うことになりますね。なんか変! My mother finds me. なんでしょうか。

最後,エルサがアートハランにたどり着いて,来てはいけないところまで来たために精霊の力に負けて? 身体が凍りついて死んでしまう場面ではどうなっているか,と言うと.....。

The ice crept up her neck and toward her face. At that point, she had gone too far, just like her Mother's lullaby had warned, and there was no way to return. She gathered all her magic to release in a last-minute signal to Anna. Only one stream of magic escaped, slicing through the air.

"Anna...." she called out desperately. A second later, she was completely encased in ice.

氷が彼女の首まではい上がってきて,顔に迫った。このとき,母親の子守歌が警告していたように,遠くへ来すぎてしまったことに気がついた。もう,戻れない。すべての魔法の力を込め,最後のシグナルをアナに送った。ひと筋の魔法が手を離れ,空気を切り裂いた。

"アナ......" 必死になって叫んだ。その直後,彼女は完全に氷に閉じ込められた.....。

となっています。 encaseなんて動詞があるのですね。

frozen2-145'.jpg うぅ.....。

frozen2-154-1.jpg アナ~~!

このあと,アナはエルサの死を直感し,オラフも消え,嘆き悲しんだ末に,アナが翌朝,再び立ち上がってすべての問題の元凶であるダムをアースジャイアントに破壊させるわけですが....。

このとき神田沙也加さんが泣きながら歌っている,"わたしにできること" も本当に絶唱だと思います! 

実は,この前,映画にはないシーンがあるようです。

エルサが凍死したあと,魔法が解け,オラフも消えていくわけでが,加えて,前回,エルサが作った氷の城も溶け始め,中の壮大なシャンデリアが落下して壊れるとか,その城が溶けていくのをアレンデールにいるトロールのパビーが気がつき,エルサの死をどうやって市民に告げるか悩む,と本にはあるのですが,映画では割愛されています。

でも,このシーン,あった方がよかった,と思います。最後の方があまりにも急展開過ぎて,アナ雪に限らず,ディズニーのアニメは子供向け,と言うこともあって,普通の映画より短いんでついていけないということが結構多いと思いますけど,アレンデールの市民たちが女王の死を知らなかった,ということになるので,あった方がよかったと思います。市民が嘆き悲しむシーンもあった方がより印象的だったかと....。

それと,今ごろ気がつきましたけど,エルサが凍死する前,氷が身体をはい上がってくるのを魔法で払いのけようとするというのが本書にあります。映画ではなす術もなく,凍りついちゃいますけど,▲の文章の前に,She tried to use her powers to force the ice off her, but it didn't work. とあります。 

ただ,脱線ですけど,映画でもはっきりと理由は示されていないので,エルサがなぜ死ぬのか......英語のサイトでも結構,話題になっているようです。これも謎ですね.....。

frozen2-174.jpg 

  この波の描写の映像もすごいですけど.....。実写と見まごうばかりですね。

あと,気になるのは最後に,アレンデールが大洪水に飲み込まれようとするとき,復活したエルサが最大限の魔法の力で大波を破壊するシーンですが,

Elsa reached out and magically pulled back the wave with the Water Spirit supporting her. She made the water crest and curl back towrd the fjord---where its energy dissipated as the water moved away from the village and the castle of Arlendelle.

エルサは到着し,水の精霊が彼女を支えて波をはね返した。波のcrestを作って波をフィヨルドから押し返した---そこで波のエネルギーが消え,水はアレンデールの村と城から去って行った。

問題はcrestと言う単語なんですけど......。普通は鳥のトサカです。ほかにもかぶととか,もののてっぺん,頂上とか,波の波頭と言う意味があるのですが,どうにもしっくりきませんね。角川文庫は氷の壁と訳していました。

frozen2-178.jpg やた~~!!

それにしても,本を読んでいてもずっとハラハラする展開で,最後はようやくエルサと再会し,オラフも復活して大団円,なんですが,最後にオラフが,”このあとも毎日,危機一髪,という展開になっちゃうの?” って聞くシーンがありますけど,

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"Or is this putting-us-in-mortal-danger situation gonna be a regular thing?" って言ってます。危機一髪はmortal dangerでいいはずですが,どうしてハイフンで全部つながっているんでしょ。映画のシナリオではputting us in mortal dangerと分かれているようです。

また,戴冠式のあと,アナがお披露目する場面でも,映画ではないシーンがあるようです。

frozen2-207.jpg アナ女王です.....。

  なんか,"ローマの休日" のエンディングみたいですけど.....。

このとき,

”Presenting Her Majesty....Queen Anna of Arlendelle."

But, when curtains parted, no one was there.

"When should I go?" said Anna. "Now? Right now? Okay." She peeked around the tent at the crowd and then stepped out......

とあり,カーテンが開いたのにぼけていてお出ましせず,カーテンの隙間から下々の人々が待っているのを覗いてから出てきたようです。アナらしく大ぼけかましてますね.....。

前作で,姉の戴冠式で同じシチュエーションがあったわけですから,このシーン,あったら面白かったのに,と思います。

ところで,こちらは映画と同じシーンでしたけど,銅像の除幕式に行くときには,

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       さあ,マティアス将軍....。

"Halima...General Matias." Anna greeted them. She had been honored to promote Matias to his new position on her first day of queen.

とあります。いったい,こいつ,どこまで昇進してんだよ....と思いますね。クーデター権力掌握の論功でしょうか。

中尉 First Lieutenant→大尉 Captain→少佐 Major→中佐 Lieutenant Colonel→大佐 Colonel→少将 Major General→中将 Lieutenant General→大将 Generalです。普通,Generalと呼びかけるのは少将以上だと思いますが,えらく出世したものです。それに,そもそもこいつもすべてを知っていたのに,最後までずっと黙っているわけなんですけど,反逆罪なんではないでしょうか。

     ☆          ☆          ☆

こうしてようやく "FrozenII" のペーパーバックが読めました。かなり単語には苦労しますけど,映画を見ていればなんとか読めるレベルだと思います。

ただ,それにしても,日本語版,英語版,両方読みましたが,謎ばかり。ちっとも謎は解けません。

そもそも,やっぱり母親がくせ者。

本来は,ダム竣工時に修羅場と化した森の現場からアレンデールへエルサたちの父親となる皇太子を連れ戻したのは母親だし,空を飛んでいたりするので母親も精霊なのか,それとも魔法を使えるらしいのですが,その点がはっきりしません。まあ,そんなことはどうでもいいとしても,一部始終を全部知っているはずなのに,謎を解くなんて称してダンナ(国王)を道連れにして難破して死んでしまうわけですし,今度は2人の娘を呼んで命の危険にさらす....なんて母親のすることか!? って思うのですけれど....。

さらにはエルサやアナたちも魔法の秘密のみならず,ダムを象徴とする環境破壊問題,ノーサルドラのような先住民に対する迫害や人種差別問題,果てはエルサがレズビアンだとして性の多様性の問題まで彼女たちにしょわせてしまい,彼女たちの責任や,扱うテーマが重すぎる,と思いました。

それに,純粋に娯楽と考えても,これでストーリーは完結,となったらしいので,これじゃ,次作は期待できそうにないですね。なによりエルサがかわいそうだし,今もiruchanは落ち込んでて,全然ハッピーエンドじゃない,と思っています。

     ☆          ☆          ☆

最後はちょっとシリアスな話を....。

iruchanはマティアス将軍が黒人として描かれているのが気になっています。

彼が写真を見て,魔法の紙とびっくりしているシーンがありますが,印画紙の発明は1850年頃なので,アナ雪2もその頃の時代だと思います。

その時代,果たしてヨーロッパで黒人の兵隊さんがいたのか.....。ましてや彼は中尉だったのですから,士官ですよね。黒人士官というのが19世紀にいたのでしょうか.....。

米軍で本格的に黒人部隊が登場するのは第2次世界大戦以後のことです。第1次世界大戦の時は,欧州に出兵した米軍に黒人がいましたけど,信用できない,と差別され,補給などの後方任務が主体でした。

それに,そもそも欧州では長い間,戦争は貴族の仕事とされていたので,果たして19世紀半ばの各国の軍隊で黒人がいたのか....。ヒトラーがドイツ陸軍の幹部から馬鹿にされていたのも,彼が平民の出だからで,ドイツ陸軍には貴族出身の士官がまだ多かったためなのはよく知られていますね。

英国をはじめとして,奴隷貿易が欧州でも盛んだったし,アフリカを次々に植民地化していったので,欧州でも黒人人口が増えていた,と思いますが,ほとんどは最下層の職業に従事していて,軍の士官や,最近,NHKでやっていた, 英BBC製作の "レ・ミゼラブル" で敵役のジャヴェール警部が黒人だったのに大いに驚きましたけど,こういう警部というような公務員,それも中尉や警部などのハイランクの公務員に黒人が採用されていた,とはとても思えないのですけど.....。ガンジーがロンドンに行ったとき,彼はインドでは弁護士をしていて立派なエリートだったのですが,喫茶店には入れなかったので憤激した,と言うエピソードもありますから,欧州での黒人や有色人種に対する差別はひどかったと思います。

前回,ノーサルドラがアジア系黄色人種として描かれているのに,クリストフやアナ雪の母親が白人として描かれているのは "美しいものは白人" という意識に基づいた,差別ではないか,と指摘しています。

それと反するようで,忸怩たる思いもあるのですが,アナ雪2にしろ,レ・ミゼラブルにしろ,黒人や有色人種の子供も見るので,その子供たちに配慮してヒーローとして黒人を登場させている,のではないでしょうか。

これはこれで,歴史を歪曲し,事実を伝えていないのは問題ではないか,と思います。 

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小説 "アナと雪の女王2" [文庫]

2020年2月29日の日記

81xbJb78T6L.jpg 角川文庫・小説 アナと雪の女王2

ようやく,遅まきながら "アナと雪の女王2" を観てきました。

結構,子供を連れて見に行こうとするとうちの子はそれぞれ高校生と中学生なので試験があったりいろんな行事があったりして,劇場も混んでいるだろうし,と言うことで今日になってしまいました。

ところが.....。

あれほど年末の公開時には盛り上がって,興行収入も100億円を超え,前作をしのいだ,と言うのに劇場はガラガラ。土曜日だというのに,せいぜい25人ほどでした。まあ,公開前にオラフの覚醒剤事件とか,直前にはアナとクリストフの離婚とか言う話もあり ちゃう,ちゃう 今回,盛り上がりに水を差すような話も多かったのですけれど....。

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   "オラフ,覚醒剤なんかやっちゃダメでしょ!"

まあ,あれやこれやあったし,特に昨今のコロナウィルスの件もあり,人混みを避けよう,と言うこともあるのでしょうけど,やはりストーリーがあらかた皆さんに知れ渡ってしまい,意外にがっかり,と言う評判が広まってしまったせいなのではないかと思います。複雑でわかりにくいストーリーや,アナ雪ファンにとっては許容しがたいエンディングには大いに失望した人が多かったのだ,と思います。

実はiruchanもそう思ってしまいました。

なにより,ディズニー映画らしく,一応はきちんとハッピーエンドに終わっているんですが,iruchanはとてもハッピーエンドとは思えないし,すっかり見終わったら落ち込んでしまいました。正直,観なきゃよかった,と思ったくらいです。

まあ,さっきも書きましたとおり,意外に失望させられるとか,すごく落ち込んで1週間は立ち直れない,なんて話を聞いていたので,予想はしていたのですが,iruchanもすっかり落ち込んでしまい,ブログを書いていてもどうにも陰鬱な気分が晴れません。そういえば,エンドロールが終わったあと,わー,わー泣いているおばさんお姉さんがいました。

iruchanも見終わって,何よりとても悲しいと思いました。どうしてか......。

     ☆          ☆          ☆

ここから先は完全にネタバレです。

なにより,今回の映画で,前作までの謎がすべてそれこそ氷解し,謎が明らかになる,と言う触れ込みでしたが,これでは完結編。すっかり謎が解けたのはいいのですが,こういうエンディングではもう続編はあり得ないし,何よりエルサがとてもかわいそうで,すっかり落ち込んでしまった,と言うわけです。

話は前作から3年後。エルサは24歳になっています。アナは3歳下です(この小説を読んで初めて知りました)。

ちなみに,iruchanは前作で疑問に思っていたのですが,この間,誰が王位代行していたのでしょうか。下手するとこの時代,他国の介入を招き,危険な状況だったと思います。スペイン継承戦争(1701~13)とかオーストリア継承戦争(1740~48)とか,実例は歴史上,たくさんありますからね。この時代,王位を簒奪することにより領土まで手に入ったので,王位継承問題でこじれると大変でした。ハプスブルク家がヨーロッパに大領土を獲得したのもこの手法です。ひょっとしてアレンデール王国もハプスブルク領になっていたかも........。それとも,近隣のスウェーデンが今の姿からは想像もできない狡猾な国だったので,グスタフ2世の格好の餌食になっていたかも......。

まあ,特に何歳になるまで即位しない,というルールは国によって違うでしょうし,ヴィクトリア女王が1837年に即位したとき,なんと17歳でしたしね。海外ドラマ大好きなiruchanは英民放ITVの "女王ヴィクトリア" のジェナ・コールマンは本当にエルサみたいにチョ~かわいい,と思っています[揺れるハート]

それはさておき。

時折,エルサの耳にだけ女の人のスキャットのような謎の声が聞こえるようになります。誰なのか......。また,アレンデールに天変地異が起こり,火や水が消え,大地は大きく揺れます。

それで,彼女は妹のアナやクリストフ,オラフと冒険の旅に出る,というのがこの物語の始まりです。

まあ,姿なき声に導かれて.....というのはいろんなストーリーにあるシチュエーションですよね。ジャンヌ・ダルクもそうでしたけど,特にキリスト教圏では多い状況設定のひとつでしょう。

声に導かれ,北に向かうと,濃い霧に包まれた魔法の森がありました。何かバリアーのようになっていて,入る人を寄せつけませんが,魔法の力のあるエルサ達は通ることができました。

そこは精霊が支配する世界。風,火,大地,水の精霊が次々と登場します。

そこから先,さらに北に向かうと巨大な石造のダムを発見します。これが今回のドラマの最大の要因です。どうしてここにそんなものがあるのか.....。

実はこのダムは祖父である先々代の王が先住民をだましてつくったもので,あろうことか,王は先住民のリーダーを自分の剣で殺害しているようです。それに怒った精霊達が魔法の森にアレンデールの兵隊と住民を閉じ込め,魔法の霧で森を覆って,中から出ることも,入ることもできなくなってしまいます。

先住民はノーサルドラというトナカイの放牧で生計を立てている遊牧の民です。彼らを殺して土地を奪うため,先々代の王は彼らをだましてダムを造り,竣工式の日に殲滅することを計画します。戦いが始まりますが,皇太子だけ,なぜか精霊に助けられ,アレンデールに戻ります.....その精霊と結婚し,エルサとアナが生まれます。

冒険の旅を続けるうち,難破して朽ち果てた木造船を見つけます。そう,父王と妃が難破して遭難した船です。中に入ると,地図が出てきて,母親が歌った子守歌に出てくる過去の記憶をすべて記録しているという魔法の川(アートハラン)が描いてありました。

この辺は前作の続きとでも言うべき,ディズニー製作の "ワンス・アポン・ア・タイム" のシーズン4でエルサとアナが出てきますけど,少し,このあたりが出ていましたので,知っています。

エルサはその川に向かって,荒れ狂うダーク・シーを超えて一人でたどり着きます。ノックという水の精霊の馬にまたがって。

アートハランは凍った川で,すぐそばに氷の洞窟がありました。中に入ると過去の記憶が氷像となっています。懐かしい,父や母の氷像もあり,どんどん追っていくと最後に氷の扉がありました。その扉を開けると.....。

そこでその声の主は自分の母親の子供時代の姿だった,と言うことに気がつきます。そして,ついに懐かしい母親に再会します.....。

さらに洞窟の奥へ進むと,最後の氷の彫像は祖父王が先住民のリーダーを殺そうとしているシーンでした。止めようとしたエルサは......。

しかし,エルサは来てはいけないところまで来てしまっていました。

精霊の力に負けたエルサの身体はしだいに凍り始め,最期を悟ったときに歌った,"みせて,あなたを" と言う曲はまさに絶唱! 前回の "Let it go! ありのままで" をしのぐ屈指の名曲だと思います。美しい張りのあるハイトーンの歌声は,やはり松たか子さんはほんとうに素晴らしい!

ただ,その歌詞もどこか変,後半,母親役の吉田羊と二重唱になっているのですが,母親の声で "今日まで待っていた....." と歌っているのに,娘を破滅に導こうとしているのは不思議。そもそも最初から,子供だったエルサ達を寝かしつけるときに歌った子守歌に "その川に,おいでよい子よ....." とあるのは愛する娘を破滅に導いているとしか思えません。まあ,子守歌,というのは日本では口減らしを意味した内容とか,時にゾッとするほどおそろしい意味が込められていることが多いのですけど....。

確かに,その洞窟の奥で死んだ母が待っていた,というシチュエーションは人類が滅亡したあと,コンピュータがいつまでも還らぬ人々を待っているなんてご存じ, ”火の鳥~未来編” ですけど,ほかにも,無線機だけが生きていて,S.O.S.を送ってくる.....というのは有名な "渚にて" のワンシーンですし,それに日本では忠犬ハチ公の話もありますけど,そういうシチュエーションは過去,いくつもこういったSFや映画などでありますし,理解できるものの,死んだ母親が愛する娘が来るのをずっと待っていて,黄泉の世界に連れて行こうとしているような印象を受けるのは残念。そもそもジャンヌ・ダルクもそうでしたけど,神の声を聞いた,という人たちが悲劇的な最期を迎えることが多いし,エルサもそうなのでしょう。

その後,オラフが消えていこうとしているのでエルサの死を直感してアナが泣きながら一歩を踏み出そうとして歌う,"わたしにできること" も素晴らしい。さすがは神田沙也加さん,と思っちゃいました。

アナはダムこそが諸悪の根源と考え,アースジャイアントなどという大地の精霊である,謎の巨人に破壊させ,氷が溶けて復活したエルサがダムの決壊に伴う巨大津波から,自分の魔法で作った氷のバリヤーでアレンデールを救う,というのが結末です。

これで大団円! .......っていうならよかったのですけれど.....。話はここで終わりませんでした。

それに......,われわれ日本人としては大津波から魔法で街を救う....なんてシチュエーションはとても直視できないんですけど.....。

また,後で述べますけどアナ雪が前作でもエルサが性的マイノリティを暗示しているという話がありましたけど,今回はさらに踏み込んだような印象を受ける歌があるし,ダムを文明による環境破壊や,ノーサルドラを白人による先住民の迫害の象徴として描き,その反省としてダムを破壊する,と言うストーリーは今の時代に合致していますが,すこしアニメとしてはこれらのテーマは重すぎるのでは,と思います。


ここから先はiruchanは本当に蛇足だ,と思っています。

iruchanが最大にがっかりしたのはこの点。本当に最後の5分ほどのエピソードです。

自分が第5の精霊であることを自覚した自分の運命に従い,エルサは精霊となり,女王を退位してアナに譲位します。そして,長年住み慣れた城を出て,先住民の住む森に行きます。ラストは水の精霊の馬に乗ってまた海の上をアートハランに向かって疾走する姿でした.....。

正直,これはまったく納得できません。iruchanが感じたのはこの点。なにか,非常に大きな喪失感を覚えました。どうして生まれ育った城を出て,遊牧の民と一緒に暮らさないといけないんでしょうか。差別と言われても仕方ないし,こんなことネットで書くとまずい気もするんですけどね....。さようならエルサ.....。

差別,と言う点ではそもそもディズニーだって,なぜかノーサルドラという先住民が肌が黄色いし,目が細くて,どう見てもアジア系として描かれているのは気になります。そもそも,エルサ達の母親はノーサルドラ出身で,最後に出会った声の主は母親の子供時代,と言うことがわかるのですが,ホログラムのように現れる子供時代の母親はどうみても肌が茶色く,これじゃ,モアナそっくりです。正直,これ誰や? って思ったくらいで,ようやくこの小説を読んでわかった,と言うくらいです。それなのに,大人になったお母さんはとても肌が白くて美人なんですよね......。

iruchanはこのシーン,この肌の茶色い子供が母親だとは思えず,すっかりスルーしてしまっていて,本来はここで大泣き,と言うシーンなんですよね。劇場で大泣きしていたおばさんお姉さんはここから泣いていたのでしょう。

エンドロールではサーミの文化に感謝しますとか書いてありましたので,やはり北欧のサーミの皆さんの文化を参考にしたようですが,サーミは北ヨーロッパ系ゲルマン人です。どうしてアジア系という描き方なんでしょうか。そうかと思うと,その先住民出身であるはずの母親とその娘である,エルサとアナはどう見ても白人だし,やはり美しいものは白人,というステレオタイプは完全に差別だと思いました。

special thanks to Sami.jpg

DVDが届いたので確認しました。やはりエンドロールにサーミの人々に対して感謝します,とあります。

とはいえ,本作の製作に当たって,ディズニーはサーミ人の協会と協定を結んだそうですけど。

それに自分の出自を知って生まれ故郷に帰っていくなんて.....そう,このエンディングも何かに似ているな,と思ったら竹取物語ですね。でも,かぐや姫はすべての地上の記憶をなくして天上界に上っていったわけですが,エルサは違います。彼女のこれからの苦難の道を思うとどうにもやりきれません。

そもそもエルサって,ありのままの自分を認め,自分らしく生きる,ということで前回,ティアラを捨てたのではなかったでしょうか。そして,あの歌が性的マイノリティーである人々に支持されたことはよく知られていますね。

作曲者のロペス夫妻が前作の製作時にそう意図していたとは思えませんが,そのように支持されたと認識したらしいのは事実のようで,先ほどの "みせて,あなたを" は,"みんなと違うこと,悩んできたの...." とはっきりそう意図したような歌詞になっていますね。それに,アナはクリストフとチュッチュしたり,結構,派手な演出もあるのに,エルサは一切,色恋なし,というのは彼女が性的マイノリティの象徴と見なされている雰囲気を壊さない配慮なのだ,と思いました。でも,その割に自分の運命に従い,自分のルーツの森に帰る,というのはマイノリティーの人たちから見れば,裏切りではないでしょうか。

そもそも,今回の悪役は先々代の祖父王ですが,悪役が身内,と言うのもがっかりだし,彼はとうに死んでいるので懲らしめることができないし,過去を変えられないというのがエルサが凍ってしまった理由かと。彼の悪行の後始末を孫娘達が命がけでやらされる,と言う次第もどうにもやりきれない。そもそもこいつはハンス以下の悪者ですよね。ハンスは悪人でも,罪としては殺人未遂罪ですから。津田三蔵と同じで,せいぜい終身刑だろうなと。

それに,妹が即位する,と言うのもこれじゃ,エリザベス1世とメアリが権力争いをしたときのようだし(こちらは異母姉妹だし,結果は逆ですけど),そういえば,彼女らの父親は悪名高いヘンリー8世ですから,今回のストーリーもこの辺がアイデアの出所かもしれません。

小説を読むと,母親がエルサを導いたのは魔法の森を解放し,もとの平和な森に戻してアレンデールとノーサルドラの和解を求めて,娘に第5の精霊として精霊と人との間の架け橋になるように,と願ったため,とわかるのですが,どうにもわかりにくいストーリーです。

それに,そもそもこのイドゥナという母親(名前もこの小説で初めて聞きました),自分が王子を殺戮現場から連れ戻したので,すべてを知っているはずなのに,娘の魔法の秘密を探るため,ダンナと旅に出て遭難しているわけですけど,今回も謎解きのため,娘達に命の危険を晒してまで冒険させるとは....この点はいまだによくわかりません。また,最後にエルサが凍死する理由もいまいちはっきりしない.....。

結局,小説を読んでもよくわからなかった.....orz。

そもそもこのエンディングでは "アナと雪の女王" じゃなくって,次作は "アナ女王と雪の精霊" になっちゃうわけですし,今度は立場逆転して妹が姉をいじめる,というストーリーか? って思っちゃいますね。

おそらく,そもそも娘が言ってましたけど,ディズニーはプリンセスものの続編は作っていないので,何か,今回はちょっと失敗,という感じがします。ひょっとして,アラジンやムーランもそうですけど,最近は実写版を作るので,アナ雪も次回は前作の実写版か? という気もするのですけど....。さすがに,これだけ儲かる物語なら何らかの次作はあると思っていますけど.....。

     ☆          ☆          ☆

さて,今度はこちらも蛇足です。

そもそも,前作で,アナ雪って時代はどの時代? って思っていました。

iruchanは前作でエルサの胸を狙った兵士が使っていた武器としてクロスボウ(日本ではボウガンと呼ばれることが多いですね)を使っているし,銃は出てこないので15世紀か,と思っていました。wikiを見ると11世紀には戦争に使われていたようです。

でも15世紀にヨーロッパで火縄銃が登場してからは戦争の道具としては使われなくなったでしょう。今回も魔法の森に取り残されたアレンデールの兵士達は剣と盾で武装しています。まあ,ディズニー映画で銃は似合わないんでしょうけど....。

ということでアナ雪は15世紀かその前,と思っていたのですけれど....。

今回は石造の巨大なダムが登場するばかりか,さすがに蒸気機関車は登場しないけれど驚いたことに,トロッコ(どう見てもナロー)が登場したり,街には街灯がついています。

さすがにダムで水力発電して,電灯を灯しているとはとても思えないんですけど....。冒頭のシーンで子供のエルサとアナに母親が先ほどの子守歌を聴かせるシーンがありますけど,ろうそくを使っていますしね。

じゃ,ガス灯か,と言う気もしますが色が黄色すぎます。もっとも,初期のガス灯は白熱マントルを使っていないので黄色いですけどね。

小説ではランタンと書いてありました。とすると鯨油ランプでしょうか。そんなの使った街灯があったっけ? でも,映画に出てくるのはポールの形状からして,明らかにガス灯。それだと英国のマードックが1792年に発明したものです。

また,あの巨大なダムは堤高おそらく60mは超す大型のもの。それに石造なのに,重力式じゃなく,どう見てもアーチ式というのは変。重力式ダムでもコンクリートでないと強大な水の圧力に耐えられません。それに重力式は20世紀になってから。石造のあれほど巨大なダム,というのは存在しないと思います。それに,石造を許容するとしても,建設には大型蒸気クレーンなどの大型重機が必要です。アレンデールがそれほど工業先進国とはとても思えないのもありますけど,時代的にはやはり産業革命以後と言うことになりますね。

また,誰かも指摘しておられますけど,ダムからアレンデールまで相当,距離がありそうなのに,一瞬で津波が襲ってくる,と言うのも変。


おまけに,よく考えてみると,アートハランという魔法の川も変。

季節は彼女たちの格好や周囲の風景からは夏。それなのに凍っている,ということは1年中,氷の訳で,これじゃ川じゃなくて,氷河。

う~~ん,まだペーパーバックを読んでいないので,なんとも言えませんが,riverじゃなく,glacierと書いてあるのかもしれませんが,サントラCDではriverと歌っているので,やはりおかしいです。


2020年3月11日追記

とうとう,明日でiruchanの住んでいる街の劇場での公開が終了するのでもう一度,観てきました。

今回は小説も読んだし,予習バッチリです。

いやぁ~~,やっぱり大感激でした。もう1回観ないとやはりわからないだろうと思っていました。

アートハランの洞窟の扉の向こうで,ついに愛する母親と再会する場面はさすがに正直,iruchanも大泣き~

やはり1回目はよくわかっていなかったようです。でも,最後のエンディングがちょっとまだ納得できないんですけど,エルサは自分の意志に従い,雪の精霊に変身し,新たな一歩を踏み出したんですね.....。

最後のヘアスタイルはショートヘアがタイプなiruchanはとても気に入りません。嫁はんに聴いたら,サーファーカットじゃない,と言うんですけど,正直,ざん切り頭みたいだし,三条河原の石田三成みたいな感じで,好きになれません。よう変身する女やな~と思いましたけど....。

ちょっと,やはりiruchanは誤解していたと思います。

ESfh4X_XkAMpMcW.jpg 見つけた~~!!

前作からのエルサファンには受け入れがたい姿とエンディングと思っちゃいましたけど,彼女の生き方は女性から見るとかっこよいんでしょうね。思い通りに生きる,というのは女性の憧れの生き方なんじゃないでしょうか。

ムーミンに出てくるミーがわがままで意地悪なので,子供の頃,iruchanは大嫌いでしたけど,先日,電車に乗っていて,ふと目が覚めると目の前にミーのトートバッグがあり,若い女性が下げていました。今も若い女性には人気があるんですね。そういえば,アナの声母 そんな用語あるかぁ? が,うちの嫁さんも大好きなんですけど,こんな女,どこがいいんだ,とiruchanはいつもそう思っていますけど,ミーにしろ,その大物歌手にしろ,思ったままの生き方をするキャラクターというのは女性には根強い人気がありますよね。

結局,iruchanはエルサはミーなのだな,と思いました。子供の頃からミーは嫌いだったので,変身したエルサに嫌悪感を覚えたのだと思います。でもエルサはミーほどわがままじゃないし,また意地悪でもブサイクでもないけれど....。

iruchanはどうしても,エルサが女王として,家族と国民と一緒に幸福に暮らして欲しい,と思っていましたが,たぶん,アナ雪2でがっかりした,と思った人はそう思っていた人たちなのだと思います。期待したようなエンディングじゃないのがどうにも納得できませんでしたし,やはり,1週間落ち込む,なんて話を聞いていましたけど,さすがに最初に見てから1週間以上経つと理解できるようになりました。そういえば,監督も女性だし,あくまでも女性の視点から作られた映画だな,ということを再認識した次第です。こう考えてくると,このエンディングは理解できます。

つまり,前作で "ありのまま" の自分を認識したエルサが今回は "思いのままに生きる" ことにした,というのが結末なのだと思います。

さきほど,蛇足だと書いた部分が,実はやはりこの監督の一番言いたかったことかと.....。現代に生きる女性の生き方として,"思いのままに生きる" ということを訴えたかったのだと。

さて,話は変わりますけど,▲の精霊になったエルサの姿はかわいいけど,だいぶ違和感があります。ちょっと見,カエルみたい~~。

まあ,美人のコは小さいときはたいてい,目が大きくてかわいいのでやっかみ半分にカエルかデメキンというあだ名を頂戴するもんですよね。

うちの嫁さんに聞いたら,やっぱり,小さいときのあだ名はデメキンだったらしいです。実際,昔,子供の頃の写真を見せてもらったら,まるでちびアナでしたし,結婚したときはそれはきれいな女性でした.....。今は? ......以下,自粛。

雪の精霊.jpg 雪の精霊に変身しました~~~。

ちなみにうちの高校生の娘のあだ名はずばり,雪の女王らしいです。わがままな性格が女王みたいだし,私に似て 嫁はんじゃない 色が白い,と言うのもありますけど,冷え性で手がゾッとするほど冷たいかららしいですが,この前,風呂上がりに濡れたままのボサボサの頭と白いトレーナーを着て出てきたら,▲の変身したエルサにそっくりでひっくり返っちゃいました.....。そういえば,嫁はんに女王時代のエルサみたいに1本の編み上げヘアにしてもらってるんですけど,自分でもまんざらじゃない感じで,毎日そうしています。ちなみに同級生の髪の長いコのあだ名はラプンツェルだそうです.....。

それにしても,早くブルーレイが出るのが楽しみです。

実を言うと,前作は日本語版DVDが出るのが待ちきれなくて,Amazonで米国版を買っちゃったんですけど,今回はパス!! もう,Amazonで米国版は手に入るのですけどね。やはり松たか子さんと神田沙也加さんの歌にはどこの国のアナ雪2もかなわないと思います[晴れ]

ちょっと,英語版で "Show yourself" を聴いてみたんですが.....イディナ・メンゼルには悪いけど,正直,聴いてられない[雨]

それと,Amazonの米国版は要注意。前回はジャケットこそ本物で,ちゃんとした正規版だったと思いますけど,なぜか中身はDVDのみ。ライナーノーツやほかの印刷物は入っていませんでした。米国でDVDを買ったことがないのでわかりませんけど,そんなものなのでしょう。Amazonで売っている今回の米国版 "Frozen2" DVD/BDの中身はわからないんですけどね....。歌もそうですけど,iruchanは日本語版待ち,です。



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Christian Wolmar著 "To the Edge of the World: The Story of the Trans-Siberian Railway" [海外]

2019年9月7日の日記

to the edge of the world.jpg

Christian Wolmarの本を何冊か読みました。鉄道の世界史とも言うべき,邦訳も出ている "The Blood, Iron and Gold" や 世界初のロンドン地下鉄の歴史を描いた,"The subterranean railway” のほか,ブログには書いていませんが,鉄道と戦争の関わりを描いた,"Engines of War" も面白かったです。

Wolmarは一貫して鉄道の歴史に関する本を書いているのですが,どれも正確な記述と詳しい内容が魅力で,また,エピソードが面白く,どれも読むと笑えます。鉄道に興味のある人なら,ご一読を勧めます。また,Wolmarがすごいところは似たようなテーマの歴史本にも拘わらず,ほとんど重複した内容がないことで,また,一部重複するところは○○○にも書いたが,と言う具合に明示しているのは好感が持てます。

残念ながら,日本の作家で,このような人はいないでしょう。鉄道関連だとたくさんの本があるのですが,書いているのはほんの数人で,どれも似たようなものばかりだし,はっきり言ってもう飽きてしまいました。特に,鉄道だけでなく,飛行機なども書いている,ある作家はどれも同じ内容ばかりで,せいぜい,出版社が違う,程度の差しかないと思います。

その点,Wolmarの本はどれも重複するところがなく,いずれも面白いテーマの本だと思います。

ただ,iruchanは今まで,この本は読んだことがありませんでした。なによりシベリア鉄道の歴史なんて.....って感じで,日本人にはなじみがないし,特に鉄のカーテンの向こう側の鉄道なんて興味がわかないし,と,思っていたのですが読み始めたらとても面白い内容でした。そもそも,日本とシベリア鉄道なんて,関係大ありなんですよね....。

1904年の日露戦争の発端はこの鉄道の開通にあった,と言っても過言ではありません。特に,東清鉄道(Chinese Eastern Railway)をロシアが建設し,ハルビンから支線を伸ばして旅順まで鉄道が延びるようになると,満州をロシアが実効支配でき,また,ロシアが1898年に清から租借した旅順は日本の保護国であった朝鮮の目と鼻の先ですから,そこに巨大な軍事基地をつくり,艦隊を常駐させれば黄海の制海権を奪い,かつ,鉄道により基地までの補給が盤石となる.....というのは脅威でしかありません。実際,日清戦争時に清の北洋艦隊の基地がありましたし,租借後はロシアが大幅に増強していました。日露戦争時の二百三高地など旅順要塞攻防戦は有名ですね。座視すると朝鮮半島の安全も保たれなくなり,対馬海峡までロシアの勢力下,ということも現実となる恐れがありました。

もちろん,中国に重大な関心がある英国がロシアを警戒し,日本と同盟を結んだのもロシアの南進を警戒したものであることは言うまでもありません。

ということで,この本にもたくさん日本に関する記述がでてきており,また,英国の歴史家らしく,その視点は公平で正確なものである,と思います。そう思いながら読み進めました。

話は帝政ロシアの時代,ロマノフ朝 第6代皇帝のエリザヴェータ・ペトロヴナの時代(在位1741~1762)まで遡ります。

当時,すでにロシアの領土は沿海州にまで及んでいたのですが,ウラジオストックまでの行程は1年以上かかり,官吏の任官もそれこそ1年以上かかっての移動の末,と言うことで大変なものでした。すでに米国のように4頭立て12人乗りの駅馬車が発達し,シベリア域内の交通を担っていましたが,10マイルごとに馬を交代させねばならず,また,駅逓の役人に賄賂を払わないと翌日発になったり,国土が広すぎて街道の警備は不十分で,そのため山賊が跋扈し,行路の安全も十分に保証されているとは言えませんでした。

また,当時もソ連時代も,国内の移動にもパスポートが必要だったので,山賊にパスポートまで奪われるとペテルブルクには帰れなくなってしまいます。1年もかかる,と言う行程上,夜行馬車を運行することもあったようですが,居眠りによる事故も絶えなかったようです。また,過酷な自然は冬期にはタランタス(tarantass)と呼ばれる2頭立て4人乗りのソリが主力となりました。19世紀に入るとアムール川を利用して船や筏を使って時間短縮が図られ,最後には蒸気船も登場しますが,これとて川が凍結する冬以外の交通手段です。

女帝の即位を祝うため,カムチャツカ半島から6人の現地部族の処女たちがはるばる9000マイルの行程を経てペテルブルクに派遣されましたが,1年後,途中のイルクーツクに着いた時点で護衛兵との間に子供が生まれており,呆れた上官が兵士を罷免し,新任の兵士に交代させたところ,ペテルブルクに着く頃にはすでに異父きょうだいを連れていた.....という西洋では有名? なエピソードからはじまります。

このような交通問題を解決し,シベリア地域の行政を確立するとともに資源開発を進めるため,シベリア横断鉄道の建設が検討されます。

しかしながら,全長5750マイル(9255km)もあり,1863年に建設がはじまった米大陸横断鉄道の1780マイルとは比べものにならない距離です。冬期の平均気温はー15℃にもなり,永久凍土地帯にレールを引く,というのは膨大なコストはもちろん,枕木などの資材の確保のほか,労働力希薄な地帯でいかに労働力を確保するか,と言うことも問題になりました。ちなみに,宮脇俊三の "シベリア鉄道9400キロ" にもあるとおり,現在のシベリア鉄道は9400kmですが,この数字が異なるのは,最初の東清鉄道経由の場合ではなく,純粋にロシア領内のみを通過するアムール鉄道経由の場合であり,またシベリア鉄道自体も後で出てくるチェリャビンスク経由でなくなったり,経路がいくつか変わっているためです。

ロシア最初の鉄道はサンクトペテルブルク近郊のツァールスコエセローの6フィート鉄道(後にロシア標準の5フィート軌間に改軌)で,1837年のことです。その後,西に延び,ワルシャワ(当時ロシア領)を経て,ウィーンにつながります。

モスクワとペテルブルクがつながるのは1851年のことです。ウラル山脈の東側,チュメニ~チェリャビンスク間が開通するのは1883年のことですが,ウラル越えの区間が開通するのはシベリア鉄道の全通まで待たないといけません。また,チェリャビンスクが実質的にシベリア鉄道の起点となります。しかし,ここからウラジオストックまでは4500マイルもあります......。

課題はやはり財源。1857年のクリミア戦争や1877年の露土戦争などで戦費がかさんでいた上,ヴォルガ付近で飢饉が発生したり,貧弱なロシア経済では長大なシベリア横断鉄道の建設は困難でした。

しかし,ここでウィッテが登場します。日露講和条約の交渉時にミスター・ニェットとして日本に煮え湯を飲ませたことで有名な,あのウィッテです。彼は鉄道大臣を経て大蔵大臣に就任し,シベリア鉄道の建設を進めます。第1次ロシア革命後の1905年には首相に就任します。

彼はクリミア戦争で鉄道が補給に有効なのをよく知っており,また,シベリア鉄道がロシア経済の発展につながることを長期的な視点から考えていました。

シベリア横断鉄道の建設を決めたのはアレクサンドル3世(在位:1881~1894)です。彼は長男のニコライ(後のニコライ2世。在位:1894~1917)を東の起点,ウラジオストック駅に派遣し,1891年5月31日,起工式を執り行いました。皇太子が直々に起工式に参加する,と言うことはロシア国民に鉄道の重要性を示す狙いもありました。

ちなみに,彼は5月11日に大津で受難しているのですが,この起工式に参加する途上のことでした。もちろん,彼が日本を経由してウラジオストックに行ったのは,自国内を陸上移動するより,軍艦で移動する方が安全で快適,というわけだからです。

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シベリア鉄道自体,優秀な技師を得て,困難な自然環境の中で急速に工事は進展し,一応,1903年に全通します。

一応,というのは.....鉄道でモスクワから行けるのはバイカル湖畔のイルクーツクまでで,対岸までは夏期はフェリー連絡で,冬期は凍結した湖上の仮設線路を使いました。事故も多く,多数の車両が湖底に沈んだようです。

東岸のミソフスク(現バブシュキン)からスレテンスクまでは再び鉄道でしたが,そこからハバロフスクまで1000マイルをアムール川のフェリーで下る、という具合でした。ハバロフスクからはようやくウスリー鉄道でウラジオストックまで,と言う次第で,モスクワからウラジオストックまで6週間を要する,という具合でした。

難工事のバイカル湖周鉄道が開通し,大興安嶺を抜けて東清鉄道経由でウラジオストックまで,完全に鉄道がつながるのは日露戦争直前の1904年2月のことです。

ここで,iruchanは長年疑問に思っていました。

中学の頃,シベリア鉄道のことを習ったのですが,どう見ても中国を通る路線が教科書に載っていて,どうしてシベリア鉄道なのに,中国を通っているんだ? って思っていました。それが東清鉄道という名前だ,というのを習ったのは高校の時ですが,そのときですら,どうして東清鉄道が中国領内なのかはわかりませんでした。

ようやくこの本で疑問が解けました。

なんと,東清鉄道はロシアが建設したのですが,清が建設を許可したのは,日本との戦争が避けられないと考え,早期に旅順やウラジオストックとの交通を確保しておきたいと考えたロシアが,日清戦争の際に戦費調達のため清が発行した戦時債権を購入していて,その償還を減免する代わり,清に建設を認めさせた,と言うのです。

ようやく納得。そういうわけだったのか.....。

交渉に当たったのはウィッテと李鴻章(Li Hongzhang)。ニコライ2世の戴冠式に参列する李をスエズまで迎えに出向いて歓迎し,秘密交渉をまとめました。

あくまでも東清鉄道は私企業とし,表向きはロシア政府とは関係ないことを装うことを約束した上で,警備のために軍隊を配置することまで認めさせます。清は線路以南に派兵することを禁じましたが,ロシアは守るつもりはさらさらありませんでした......ロシアも満州の支配をもくろんでいました。後に日本も同じ手法を用いるわけですが,やはり歴史は繰り返すのですね。

東清鉄道経由となったのは,アムール川北岸はあまりにも自然環境が厳しく,ウラジオストックまでの線路をできるだけ南側に敷いた方が建設が楽だったためです。
 
とはいえ,チチハル(斉斉哈爾)からハイラル(海拉爾)までの区間は山岳地帯であり,大興安嶺を長大トンネルとループ線を組み合わせた線路で抜けることからもわかるとおり,東清鉄道の建設は非常に困難だったようです。もっとも,そのループ線前後は最近,新線に切り替わったそうですね。

日露戦争後も東清鉄道はロシアの経営のままで,一応,日本との取り決めで軍用列車は走行禁止になっていましたが,このままだと再び日本と戦争になった場合はまずいと考え,純粋にロシア領内のみを通過する鉄道の建設が進められます。

アムール川沿いのアムール鉄道が開通し,現行のシベリア鉄道のルートが完成するのは第1次世界大戦中の1916年のことです。

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この後,ロシア革命が起こり,シベリア鉄道も混乱の渦に巻き込まれていきます。

有名なのはロシア戦線に取り残されたチェコ軍で,ロシアの講和直前に寝返ってドイツ軍と戦っていました。こうなると,武装解除して帰国するとドイツ軍に虐殺されると恐れ,東へ逃げようとします。それを助けるためと社会主義革命に干渉する目的で連合軍が組織され,米,英,日など各国の軍隊が派遣されることになります。

実は日本だけ,別の意図があったことはご存じのとおりです。1920年3月,ニコライエフスクで現地パルチザンに包囲され,700人の日本人居留民と兵士が虐殺されました。尼港事件ですね。これもこの本に書かれています。

一方,日露戦争で日本が得た,南満州鉄道は長春から南の区間だけで,依然としてハルビン周辺と東清鉄道などはロシアの支配下でした。

極論を言えば,日露戦争って,この南満州鉄道の利権を得ただけというのが実情ではなかったのかと....。東清鉄道だって,戦後もロシアが経営していて,のちにアムール鉄道が開通してロシアにしてみれば不要になっていたのを,それも満州事変後の1935年になって買収したわけですしね.....。領土的に南樺太を得たのは奇跡的と言ってよく,それでも樺太全土ではないし,また,広い満州全体を植民地としたわけでもないことに不満を持っていた,本来は鉄道警備部隊であるだけの関東軍が謀略を起こして満州全域を支配していくわけです。

日本がロシアに勝ったとは言っても,局地的な軍事作戦に勝利しただけで,本気でロシアが戦った訳ではなかったことを日本人はよく知っておくべきだったと思います。

最近,歴史学者の間で,日露戦争を第0次世界大戦とする見方が広まっているそうです。実際,日露戦争は国力を挙げた総力戦のさきがけでした。軍艦も巨大化しつつあり,28サンチ砲など,軍事力も高度に機械化し,のちの世界大戦の萌芽が見られます。

幸い,日露が第2次世界大戦のような総力戦となる前に,米国がおそらく,これ以上のロシアの勢力圏拡大を恐れ,もちろん日本の勢力拡大も望まない上,中国に何らかの下心があって仲介してくれたから勝利しただけであったことを日本人は知るよしもなく,後の戦争につながっていきます。

シベリア鉄道の歴史かと思っていたら,20世紀の日本やアジア周辺の歴史まで復習することができ,本当によい本だったと思います。

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